小説『あべこべな場所で』


「今日、ハンバーグ食べられた……」

 私がそう言うと母は入院着に身を包んだ私の背に腕を回して、

「良かった……」

 と言いながら抱きしめてくれた。油っ気のない母の黒髪が鼻先にこすれてくすぐったい。

「ずっと食べたいって言ってたもんね」

 私は『ハンバーグが食べたい』という言葉は子供みたいで、母にそう言われるのは恥ずかしいと思ったものの思いっきり頷いた。私はずっとハンバーグが食べられなかった。難病に罹ってから。今日食べたのは豆腐ハンバーグだけど、それでもやっぱり嬉しい。

低残渣食、腸に負担をかけない食事ばかりを今まで食べていたから、こうしてハンバーグを食べられるというのは戸惑うけれど喜びもその分ひとしおだ。手術から一週間たった時に、固形の術後食が出てきたときは驚いたけど。久しぶりに口から入れた食事の味は、とても濃く感じて、口の中が痛いんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。

食物繊維たっぷりのサラダなんかは、腸に刺激が強すぎるからまだ食べられないらしいけど。好きなものがまた食べられるようになったというのは、ありがたいことだ。

「本当に無事、手術が終わって良かった。大きな手術だし、術後の経過が悪い人の話なんかも聞いてたから……本当に良かった。でも……」

 母は目を潤ませながら、私を見ていた。私は母が『健康な体に産んであげられなくてごめんなさい』と夜中こっそり言っていたのを知っていたから、

「お母さん、心配しすぎ! 手術が上手くいったからこそ、ハンバーグ食べられるようになったんだし」

 と努めて明るく言った。手術費だって、母が出してくれている。シングルマザーで収入も多くないのに、娘が難病に罹った費用を捻出するのは容易なことでは決してなかっただろう。この一年、母が一気に老けたような気がする。

窓からさす三月の柔らかな光がカーテンに影を作り、伸びた薄い影が母を覆っている。母はかさついた唇の隙間から、

「璃々ちゃんが好きなもの、退院したらいっぱい食べようね」

 薄く涙の張った目を擦りつつ、そう言葉を零した。

「うん、早く退院してたくさん食べたい!」

 私は精いっぱい子供らしく言ってみせた。せめてそう振舞っていないと、潰れてしまいそうだった。でもあと数か月して、人工肛門を閉じて、自分の肛門から排泄するようにすれば元の生活に近いものに戻れるはずだ。

 そう信じて明るく振舞うこと、それが私を支えていた。


私はカミュの『ペスト』を閉じて、読書灯を消してから、体を横たえた。母が図書館で借りてきてくれたものだ。学校へはいつ行けるか分からなかったし、何度も入院が原因で延滞してしまっているので、学校の図書館の本は借りないようにしている。

母はあまり本を読まないので、私が借りたいと言った本がどこにあるか分からず、この本を借りてきたらしい。なんでも『話題の本』の棚にあったのだとか。最近、感染症が蔓延しているからだろう。この本は中学生には難しすぎるけれど、暇なのでゆっくりと読むにはとても良いと思う。

内容としては、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市をペストが襲う。それに苦しみ抗う人たちの話であるらしい。本当……病人が病院のベッドで読む本としては不向きだなと思う。でも普段、読むことがないような世界観と雰囲気の物語だ。すごく生々しいから、ノンフィクションかと思えばフィクションらしい。おまけにナチス・ドイツを始めとするファシズムの諷喩と解釈されている、と本の説明書きに書いてあった。

なるほど、病気というのは体の中で戦争が起きているようなものだと思っていたけど、逆に戦争や政権を病気に例えるなんてすさまじい発想の転換だ。他にもそんな発想で書かれた小説なんてあるのかな……そう思いながら、ベッドの上で体をぐっと伸ばしてから、そっと腹部に手を当てた。ここに人工肛門がある。これは私と病気との闘いの末、此処にあるものだ。

大腸摘出後は小腸の末端を折り曲げて作った便をためる袋と肛門をつなぐ口側の小腸で人工肛門を作る。人工肛門を作る理由は、回腸嚢と肛門の吻合部分は縫いたての段階では脆く安静させる必要があるためだ。別の部分から排泄するというのは、術後日が浅いと慣れない。あと一か月弱で閉じる予定とはいえ、肛門が体の正面にあるのは違和感が大きいし、早く閉じたい気持ちでいっぱいだ。パウチの交換も初めてした時は、失敗ばかりで本当に大変だった。おまけにパウチは一枚毎に結構お金がかかるのだ。永久的ストーマなら補助金が受けられるけど、一時的なものだとそうはいいかない。

一時的なストーマでさえ、人工肛門から出る排液の処理が大変だと感じる。これが永久ストーマだとなおさらだろう。オストメイト対応トイレをもっと増やしてほしい、と術後色んな人のブログを読んでいて切に願う。

それにしても、白い天井、シーツ、壁。全てが殺風景だ。時々話し声、足音、寝言が聞こえる程度でまるで静寂が纏わりついてくるようだ。今まで病院に入院していた時は、周りのことを気にする余裕なんてなかったけど、安定しているとやはり夜の病院が怖い。乱雑ながらも温かみのある色彩に囲まれた自宅へ今すぐに帰りたい。それは怖さや退屈さだけでなく、貧しさも大きな理由だ。

入院するのは金がかかる。実を言うと、お金さえあればもう少しだけ病院にいたい。決して家が恋しくないわけじゃない。ただ退院してから再燃して入院する、というのを何度も繰り返した身だと、家への恋しさよりも有事の際の頼もしさをとってしまう。それで本当に大丈夫だという確信を持ってから家に帰りたい。今まで長期寛解をしたことがないので、その感覚が抜けないのだ。『一応、症状が落ち着いたようだし、家に帰ってみましょう』という医師の言葉も大腸をとる直前は信じられなかった。病床から追い出したいだけなんじゃないかと思えた。

ゴホンゴホンという咳き込む音で思考が中断された。咳き込んだのは、糖尿病を患っているおばさんだ。未だに医師の目を盗んで、みかんを食べたりしている。そんなことしてたら、良くなるものも良くならないよと思いながら私は目を閉じた。

……ああ、目を閉じてから、この病で死んでしまうんじゃないかと思い煩うことがなくなったのは、なんて幸せなことなのだろう。そのために払った代償は決して大きくはなかったけど。


私は水を買うために一階にあるコンビニへ足を伸ばした。数日前は歩くのもやっとだったけれど、リハビリの甲斐もあって、点滴棒を支えにすれば多少自由に行動できるようになったのはありがたい。

棚に置いてある常温の水と漫画を手に取って、コンビニから出ようとしたところで人にぶつかりそうになった。そこには黄色地に青色の星が描かれたパジャマを着た男の子がいた。

「あ、ごめんね。ケガはない?」

 その子は恐る恐るといった様子で頷いた。それから恥ずかしそうな表情のまま、看護師と思しき人の足にしがみついている。

「けいくーん」

と呼ばれると、声のした方に顔をパッと向けた。その視線の先を目で追うと、なるほど両親と思しき人が透明なパネルの向こうで手を振っていた。マスクをつけていても笑顔なのがよく分かった。看護師は私に頭を下げると、その男の子と一緒に両親のもとへ歩いていった。

こんな小さな子でも病気と闘ってるんだ、そう思うと胸が締め付けられるようだった。この水色のニット帽を被った幼い男の子がどんな悪いことをしたというのだろう、そんなことを私はふっと考えてしまった。

慌ててその考えを振り払った。禍は不条理なものなのだ。『日頃の行いが悪かった』から、なんてことはないのだ。私たちはただ運が悪かったというだけ。でもそんな理由で納得することなんてできはしない。長年弱音も吐かずに病と闘い続けている強い人々もいるけれど、私の人生の一部を返してほしいと私は思う。

私の青春を返してほしい。だってもう時間は帰ってこない。私だってみんなと一緒に卒業式に出たかった。入学式に出られないのだって辛い。はじめてクラスが決まって、緊張しながらも色んな子と話すということができない。ともに入学しているのに転校生のようだという、浮いた存在になってしまう。それに病弱というレッテルを貼られてしまう。もう実際に貼られてしまってはいるけれど、新しい環境に身を置くのだからリセットしたかったのだ。

「今の子、可愛かったですね」

 そう言われ、私がぼんやりと考え込んでいたことに気づく。慌てて声のした方に目を向けると、車いすに座った青年がいた。今、流行りの俳優に似ていてかっこいい。左足だけサンダルを履いているけど、骨折か何かだろうか。

「ああいう子を見ていると、癒されますよね」

 という言葉に私は、

「そうですね」

 と相槌を打ったけど、癒されるというより同情してしまって私は辛かった。尚も青年がじっと私の方を見ているので、何かと思ってドキドキしながら同じように見返していると、

「服のタグ、ついたままですよ」

と言われた。慌てて視線の先にある首元をさぐると、固い紙の感触があった。私は恥ずかしさから、顔が真っ赤になるのを感じた。

私はエレベーターで、自分の部屋に戻った。急いで服のタグを取ってから、恥ずかしさを紛らわすために携帯を開いた。すぐに後悔して、画面を閉じた。

卒業式で撮影した写真がたくさん送られてきていたからだ。

「ばーか」

と言って、私は折り畳まれた布団を踵で思いっきり蹴った。

嬉しいことがあったから報告をしたい、喜びを分かち合いたい、同じ気持ちになってほしいというのは分かるけれど。でもそれってエゴじゃない? 

修学旅行後に写真を友達に貰った時もそう思った。悪意があるのではない。それでも同じ時を過ごすことが出来なかった自分を発見して、悲しみを覚えた。

修学旅行先で私は体調を崩した。あまりの痛みから入院も考えたけど、先生に懇願してバスで待機することにした。だって折角の修学旅行なのだから、みんなと一緒に美味しいものを食べたかったし遊びたかった。私は奈良の鹿に鹿煎餅をあげるのを本当に楽しみにしていたのだ。貧しくて旅行になんて行くことが出来ないから。

でも結局は、すさまじい痛みと腹痛によって、緊急入院をすることとなった。どうやら自己免疫の異常な活動を抑えるために飲んでいる薬の副作用で、免疫力が弱り感染性の腸炎を起こしたらしい。その時は病院の小さな布団の中で広い世界を恨んだ。なんでこんな目に私が合わなければならないのかと世界を呪った。私は世界一不幸な女の子だと思わずにはいられなかった。それは今もそうだ。
そんなことないよ、もっと大変な人はいるよ、なんて言葉全く求めていない。私は今、辛いのだ。それは紛れもない真実なんだ。

涙が込み上げてきたから、慌てて布団をかぶった。

私しか知らないひっそりとした場所で流された涙を、誰も拭うことなんてできはしないのは分かっている。

それでもこの涙を、誰でも良いから優しく拭ってほしかった。


あと五日で退院できるらしい。それを知って私はとても嬉しかった。だから奮発しようと思って、一階のコンビニにドリンクを買いに行った。

入ってすぐレジ横に有名なコーヒーチェーン店の期間限定のドリンクがあった。目を引く桜色でとても可愛い、春が来たというのを感じてうきうきしてしまう。

「あれ、また会いましたね」

 低い場所から声がして、顔を下に向けると、この前の車いすの青年だった。

「こんにちは」

 私がそう返すと、微笑んで、

「こんにちは」

 と言ってくれた。良く聞くと声も素敵だし、本当にかっこいいな。紺色のチェックのパジャマも良く似合っているし。私が少し見惚れていると、

「そのドリンク新作のやつ?」

「はい」

 私がどぎまぎしながら答えると、

「申し訳ないんだけど、見てたら欲しくなっちゃったから取ってもらってもいいかな。車いすに乗ってると届かなくて」

 そう言われて私は慌ててもう一つ取った。

「ありがとう」

 とその人はふんわりと微笑んで、受け取った。その指先の細さとか、首筋の白さが入院生活の長さを表しているようで私は少し悲しくなった。

「じゃあ、一緒に払ってください」

 と青年はレジの人に言うと、慣れた手つきで財布を取り出す。

「そんな、いいですよ」

 私が栗鼠の顔をした小銭入れを取り出そうとしたら、蝶のように手をひらひらと振って

「いいのいいの、奢られてよ」

 と言ってさっさと払ってしまった。こんな高いものをさらっと奢ってもらえるということに私は驚きと戸惑いを隠せなかったが、何よりも長い入院生活の中でもはじめてだったから胸が温かくなった。こういった施しを受けられるなんて。

でも、

「そんな高いものでもないからさ」

 という言葉で私の気持ちは一気に落ち込んだ。私がお小遣いをやりくりして必死で買うドリンクはこの人の中でとても安いものなのだ。見れば、その黒い財布は有名なブランドの財布だった。私は急に腹が立ってきた。この人に悪意がないのは分かっている。でも、悔しくてたまらなかった。金持ちめ。

 私はお礼を一応言うと、目を合わせないようにしながら足早に立ち去った。そしてさっさと自室に帰った。

枝が風で揺れて、病院の窓が小気味よい音を立てた。もうそろそろ桜が咲く季節だと思いながら、膨らんでいる蕾を眺めていたが、真っ赤な車が目に入った途端落ち込んでいたのもあって卑屈な気持ちになった。

あの真っ赤なランボルギーニは私の母のお金で買われたものだ。あの医者は健康でお金もあって羨ましい。
別にあの医者が憎いとか嫌いというわけではなく、世間全てが羨ましかった。幸せそうにしている人たちが、妬ましかった。自分より恵まれている人たち全て。だって同じ世界で、同じ人間として生きているとは思えない程に差がある。そう考えると私はムカムカしてきたから、気を紛らわせるためにツイッターを開いた。

私はタイムラインをさっさと辿っていく。芸能ニュース関連のツイートも多いけど、同じ病気に関連するツイートも多い。なぜなら私が他の人の経過を見るために、同じ病気の人をフォローしているからだ。主な目的として、どれぐらいしんどいのか、どんな治療をしているのかを知るためである。それだけでなく、気の合う人とは病気の話をしたりすることもある。

でもそういう同じ病気の人すらも羨ましい。
『寛解しました』『補助金が下りました』『寄付金ありがとうございます』……私だって、そんな言葉を呟いてみたかった。そう思いながら、仲のいい人のツイートを次々とミュートにしていく。

『難病の息子に寄付を』と言って寄付を募り、治療費を得られた子供と……母が借りたお金で治療をしている私と、何が違うのだろう。同じ難病なんだから、私も助けて。私はそう思わずにいられない。他人の幸せを無邪気に願っていられない。だって、私はこんなにも苦しいのに、誰も助けてくれないから。

シングルマザーだとか、病気だとか、お金がないとか私たち家族が訴えても誰も助けてくれないじゃん。友達が街頭で募金箱持って呼びかけてくれたけど、全然ダメじゃん。二千円しかもらえなくて、ごめんとか言われてこっちが泣きたくなったよ。
テレビの中ばかりずるいよ。一億円とか、私も募金してもらいたいよ。『地球を救う』よりもすぐそばにいる私を助けてよ。ああいう募金なんかが私を助けてくれたことなんかないよ。テレビで流れてるのなんて、耳触りの良い言葉ばかりじゃん。

『難病の子に支援を』『苦しんでいる子供たちがいます』『このイベントの参加料の三パーセントは寄付されます』……もう、そんな形ばかりの言葉見たくないよ。

私はチャリティーイベントの内容を流してくるアカウントを指先で力強くブロックした。

きっとこういう人たちは甘い言葉をかけるだけかけて、それでいいことをしたと思ってるんだ。コンビニの横にある募金箱に一円を入れ、『募金しました、病気の人が良くなりますように』とツイートをする自分が間違いなく善人であると信じてやまないんだ。

痣だらけの子供が隣の家から出てきたら通報する、隣の家から出火していたら通報する、家の前で誰かが蹲っていたら通報する……そういうことをせずに、自分に関係がない場所での施しばかりしている気がする。だって動物を平気で捨てるような三軒隣の人だって、募金箱にお金いれてたんだよ。みんな、ずるいよ。偽善ばっかり振り回すなんてずるいよ。

安全圏から偽善者たちが、自分の良さをアピールするためだけに日の当たる場所で他人に施しを行っている。自分のエゴで正義を振りかざし、正義のヒーローになった風に振舞うのはやめてよ。

本当のヒーローに、誰かなってよ。それで私たちみたいな人をを助けてよ。



「あれ、また会ったね」

 私は会いたくなかったけれど、黙って頷いた。今日は病院に移動図書館が来ていて、そこに本を返却しに来たのだ。
市で借りた本がここで返却できるとは知らなかったから、来てみたけど、こんなことなら退院しているんだし図書館に行けばよかった。一時ストーマも安定してきたから、今日で一旦退院となったのである。

 退院手続きを済ませた後に、病院のロビーの隅で行っていた移動図書館に来たばっかりに遭遇してしまった。

「本、好きなの?」

 私の手もとを覗き込みながら、その人は問うた。

「それなりに読みます」

「いいよね、本は」

 ニコニコしながらその人は頷いた。私が内心、気まずいなと思いながら職員に本を渡していると、

「本がたくさんあるといいですね」

 そう言いながら四十代ぐらいの男性が現れた。赤い眼鏡が印象的だ。

「本を読むと、心だけでも色んなところに行けるのがいいですよね」

 青年がそう言うと、男性は、

「そうなんですよ。自分の病気のこととかも忘れて、そこに没頭できるというのが。没頭している時って、そこだけに目が行きますし」

 と朗らかに言いながら、本の置かれたスペースをうろうろしている。置かれている本はどれも古く、色褪せ、手あかがついている。それでも綺麗なブックコートフィルムが全てに貼られている。

「どんな本を読むんですか?」

 青年が車いすを動かしながら、その人に尋ねると、

「実は病気になってから読む習慣が出来て……どのジャンルが好きだとか、あまり分からなくて」

「自分が好きなものを探していっているところなんですね」

 その言葉は、なんだか素敵な言葉だなと私は思った。それはその男性もだったらしく、穏やかな顔で頷いた。

「そうですね……こうして時間が出来たから自分のことを見つめなおしているというか。この病気になったから、こうして見つめ直せてるのかもしれないです」

 そんな考えがあるんだ、と私は驚くと共に満ち足りた気持ちになった。そんな風に私も思うことが出来るのだろうか。他人に優しい言葉をかけ、隣人に施しを与えられる人に。

そして男性と青年が早く良くなることを心の端で願いながら、背を向けてロビーを抜けようとしたところで、

「あの本のところにいる人さ、なんとかっていう大臣の息子らしいね。ずっと入院してるって話」

「あのチェックのパジャマの?」

 見るとコンビニの前で五十代ぐらいのパーマをかけた女性たちが囁いていた。疲れと苦労の滲んだ皴が深く顔に刻み込まれている。二人は肩を寄せ合うようにして、暗い瞳で話し合っていた。

「私なんかさ、この前入院したとき……すぐに出て行けって言われたのよ」

 大仏のような頭をした女性が自分の胎を指でさしながら、

「あたしも、子宮全摘した時ふらっふらなのに追い出された。一か月ぐらい、腰に力が入らなくて家事が全然できなかった。でもそれって、なんか病人を長く入院させてると、国から厳しく言われるかららしいね」

 と咎めるような声音で言った。

「そう、それよ! 偉い人の息子だからってことで、あの人……ずっと個室で入院させてもらえてるんだって。足の骨折ぐらいで、病院をホテルにできるなんて。お金も権力もある人は違うわよね、私たち庶民とは。私たちの苦しみなんて、あの人たちには分からないのよ」

 二人は青年がこちらにやってきたので、そそくさと立ち去って行った。青年はそんな会話があったとは露知らず、呆然と突っ立っていた私に対して和やかな笑みを浮かべて手を振った。

 でも私はそれを無視して背を向けた。だってその人はもう、私の知らない人だったから。

 病院から出ると、温かな風が吹いて桜の枝をゆっくりと揺らしていた。

星野いのり様主催の『青空と黄色の麦畑』初出の作品です

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