【猫噺#21】猫は世界をどう見ている?act.1
顔に対する目の大きさの比率は動物によって異なり、大きい順にメガネザル、猫、アン・ハサウェイとなります。
猫の大きな目は、チャームポイントのひとつですね。そんな猫の目に、この世界はどう映っているのでしょうか?
赤い色の識別が苦手で、動くものに対して敏感。動物がもつ感覚器の独特な能力には、生きるために必要な理由があります。
猫の目のような、気まぐれな生き物に対する一考察です。
「赤」が見分けられない猫
夜の暗闇に光る猫の目は、神秘的だ。
猫はヒトの1/6~1/7くらいの光量で、モノを見ることができる。猫の目、キャッツアイには、網膜の裏にタペタムという反射板の役割をする構造がある。
そのため猫の目は夜光るし、夜に撮影された猫の目はビームを発したりする(猫に限らず、動物の目に直接フラッシュを当てるのは止めましょう!)。
ヒトの視野角は180°くらいだが、猫は200°まで見ることが可能。
猫は6m程度までしか、はっきりと見ることができないのに対し、ヒトは30~60m先の景色にピントを合わせることができる。
また猫は赤い色を見分ける色覚がない。見分けることができるのは、緑から黄色まで。
「赤」と「緑」を識別する意味
猫が赤を見分ける色覚をもたない、というのは赤いモノを見ることができない、ということではない。
赤と緑、あるいは赤と青を見分けることが苦手なのだ。
生物にせよ植物にせよ、その繁殖域が一箇所に固まっていては、局地的な災害で壊滅する畏れがある。
そのため、空間的に生息域を広げようとする傾向がある。
植物は種子の周りを、美味しい果肉で被って動物に食べてもらい、排泄と共に播種して生息域を広げる。しかし、成熟する前の種まで囓られると効率が悪い。
そこで種子が未熟なうちは有毒にして、緑色の危険信号を出す。種が成熟したら、もういいよ~、という合図として赤色に変わるのだ。信号とは逆!
だから果実を食べる我々雑食のサルにとって、緑と赤の識別は重要だが、肉食の猫には必要がない機能なのだ。
生存競争は厳しく、不要な機能を発達させる余裕はないのだ。
猫は甘いものを感じることはない。
なにソレ! カワイソ~ ウチの猫は甘いモノすきだよ!
かなり雑に言うからツッコミ放題だが、我らサルは糖からエネルギーを得るので「甘い」に対する感覚が重要だ。しかし猫はタンパクから転化してエネルギーを得るので、甘みを感じる必要がない。
甘い物好きな猫は、飼い主さんとのコキュニケーションやニオイや、甘味中のタンパクを好んでいる。
識別機能は、生存に必要なので備わっている。
私など年齢を重ねるにつれ、乃木坂以降の坂道では個体識別ができなくなってきた。若い頃は重要だった異性という識別対象が、爺になったので必要性が薄れ、興味がなくなったためだ。
ただアン・ハサウェイのキャット・ウーマンは良かったと思うが。
目によるコミュニケーション
生物が色を感じ取ることができるのは、赤、緑(黄)、青を感じ取る目の細胞(錐体)の機能による。
ヒトは3つの色を感じる色覚(錐体細胞)を持っている。
さらに女性の2~3%は、紫外線を含む4原色を感じるため、男のウソを見ぬくことができる。
いっぽう、猫や犬では80~90%程度が緑から黄色を感じる色覚細胞で占められ、残りが青。だから赤を識別できない。
猫の目は、感情とともに瞳孔が広がって、気持ちの昂ぶりを伝えてくれる。猫の瞳が大きくなるときの感情は、「驚き、畏れ、心配、防御、攻撃性、興奮」だ。
猫がリラックスしたときは、目をゆっくりとまばたきさせる。猫があなたの前でまばたきしたら、あなたを好きだというサイン。
ただ猫によって個性があり、ウチの猫たちではCoCoがよくこの仕草をする。
猫の目の意味
猫の目は大きく、顔の中心に近い高さにある。その手は人間のように機能はするが、不器用だ。
このようなフォルムを、「ベビーシェマ(あかちゃん的な容姿)」と言う。
動物の幼生に見られる特徴で、かわいさを感じることで保護・育児行動を促す。
「神の叡智が犬を創り、神のイタズラ心が猫を創った」と言われるが如く、犬は我々の良きパートナーとして役立ってくれる。
いっぽう役に立つどころか、ことある毎にジャマしてくれる猫を可愛がるのは、こうした本能につけこんだ猫のフォルムによる。
猫は機能的な識別能力を、そのあざとカワイイ姿に隠して、したたかに生き抜いているのだ。
猫の識別能力や本能は、この地球上で生き抜くために最適化されています。ところが約13万年前に、ヤマネコから派生した猫たちを守ってきた本能が、ここにきて通用しなくなってきています。
異変を感じたらピタッと動きを止めることで、彼らは捕食動物から身を守ってきました。猫もそうですが、捕食動物は動くモノに敏感だからです。
しかし自動車というモンスターには、この手が通用しません。
年間30万匹が、犠牲になっているそうです。
こうした事故を「ロードキル」というそうですが、道が殺すわけではなく「ヒューマンキル」ですね。
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