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「自由に描かせて」あげよう

日々の生活の中で、自分の中にふと浮かんでくるかすかな欲求の声。
「あんな風になりたいなぁ♪」「あんなことに挑戦してみたい♪」
とても純粋でピュアな、何かを望む声。

あなたは、その声を大切にしていますか?

私たちは、大人になると色んな経験をする中で、自分を守るための「思い込み」や「ブロック」をため込んでいってしまうように思います。

そして、自分の純粋な欲求の声が聞こえても、かき消してしまう。

「こんな風にダンスしてみたいな♪」と純粋な声。
カッコイイダンサーが躍るのを見て、自分も踊ってみたいと心が躍る。

でも、

「どうせ、子供のころからやってなかったら上達しないから、やっても意味ない。」

「そっか…」

純粋な欲求の声はかき消される。

私の場合は、これを無意識でやってしまっていました。
自分の純粋な部分が何かを求めても、大人になって斜に構えた自分が、即座にその声をかき消してしまう。

しかも、かき消すことが当たり前になりすぎて、もやは自分に欲求があることにすら気づいていませんでした。

小さなことでも言えますよね。
ケーキ屋さんのショーウインドウを見て、「あれ食べたい♪」という純粋な欲求があっても、「高いからダメ」。そして、値段で決める、とか。


これらの「純粋な欲求の声」って、自分の中の純粋な子供の部分がワクワクして、目をキラキラさせて、

何かに憧れたり、新しい世界に冒険したくて、あなたに発しているかのようですよね。

それなのに、いつも「○○だからダメ」「○○だから無意味」
そんな風にかき消していたら、もう声にすること、何かを欲求することさえしなくなってしまう。

そしたら、自分が本当は何が欲しいのか、自分にとって心地良いものは何なのか、自分がわからなくなってしまう。ワクワクやキラキラが消えてしまう。

だから、せめて、その純粋な欲求の声に気付いてあげて、それを認めてあげてほしいのです。

「そっか、それが欲しいんだね!」って

どんなに突拍子もないことでも、どんなに現実離れしていても。

その欲求をすぐに叶えられるかどうかはどうでもいいんです。
かき消さないで、認めてあげることが大切なんです。

「そっか、それに憧れてるんだね!」「そっか、それが欲しいんだね!」

認めてあげれば、自由にのびのびと夢を描くことができるようになる。

「自由に自由にのびのびと描かせてあげてほしい」
のです。

望みを認識できれば、叶ったも同然。時間の問題なだけ。

だから、ただただ自由に描かせてあげてほしい。認めてあげてほしい。
大切なのはそこなのです。
そうすれば、あなたの自由な人生を描けるのです。

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