自分に還る旅はまだ続く

1人暮らしの家で、探し物をしてたら、母が私がまだ5歳くらいの時に作った、手作りの年賀状が1枚出てきた。

母や父がまだ元気で、家庭が居心地が良かった時代の名残を感じた。

それと同時に大変なことしてしまったと思った。

じつは、その1枚以外に、20枚くらいの他の母が作った年賀状が一緒にあったんだけど、1年前くらいに1枚残して他は郵便局で切手などに代えてもらってた。

残しておけばよかった。とめちゃくちゃ後悔する自分がいた。

その時はまだ自分らしい感情が湧いてなくて、その年賀状をあまり重要な思えなかったけど、
感情が戻った今、大変なことをしてしまったと思う自分がいる。

自分のたった1人の母親が、元気だった時に気持ちを込めて丁寧に作った年賀状。毎年「間に合わない、もう出しに行かなきゃ」と、年末ギリギリになると、父親と徹夜して年賀状を作るのが我が家の風物詩だったのを思い出す。

そんな記憶、矯正してから一度もいい思い出として懐かしむ瞬間はなかったけど、
今その1枚残った年賀状を見て、他の年賀状を手放したことを酷く後悔してる自分がいる。

自分が、家族がよかった時代を思い出せる、貴重な物。自分が心からの幸せを感じていた時代。原点。

最近は、喧嘩する両親の中で、辛い気持ちになるのが、私の中でも家族像になって長くなってしまっていた。

顎の矯正を17歳の時にしてから、脳が半分使えてない感じになって、勉強もたまに1番を取るくらいできたのが、後ろから数えた方が早いくらいまで落ち、

6歳から習ってたジャズダンスの振り付けは全然覚えられなくなって、後ろで踊らされるようになった。

でも何が一番辛いって、相手の気持ちがわからなくなったこと。

共感したり、誰かと生きてる幸せはその時から感じられなくなった。

好きな人もわからなくなった。

好きな服、小物、したいこと、進みたい進路もわからなくなった。

多感な時期に、学校では何も問題なく装って、内心はいつもつらくて毎晩泣いてた。

その頃から親に『死にたい』って言ったりして相談したんだけど、
全然取り合ってくれなくて、

親戚が集まったりする時や対外的なことは、いつも何事もないかのような取り繕ってた。
以前は楽しい時間だったことが、全てすごくストレスな時間になっていった。

そんな中で23年も生きてきたから、矯正前のよかった時代のことなんてすっかり忘れてた。というか、脳がおかしくて、過去の記憶が思い出せなくなってたんだけど。

だから、両親や祖父母、親戚に本当に大事に可愛がられて育った時代のことなんて、全く思い出せなかった。

それが最近、23年ぶりに自分の感覚が蘇ってきて、

私にとってのこの年賀状の価値に気づいた。

自分の過去と今を繋ぎ、自分を統合してくれる感覚になる、1枚の年賀状。

自分のルーツとしっかり結びつけてくれる気がして、本当に他の何枚かを手放したことに後悔の感情が湧いた自分に気づいて、はっとなった私。

まだまだ統合は終わってない。

また、家族に対する気持ちに、大きな変化が生まれた瞬間でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?