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残り1枚の食パンを食べた話

その日の朝、僕はいつものようにキッチンで朝メシを漁っていた。

そこで白羽の矢が立ったのが、パスコの超熟だ。

うちはいつも食パンはパスコの超熟を買う。
パンにはちょっとうるさい僕が、あーでもないこーでもないと言い続けた結果、ここ2年くらいはパスコの超熟で落ち着いている。

いつも我が家に来る時は6枚1チームの超熟。

しかしその日の超熟は他に仲間もおらず、ひとり寂しくキッチンに佇んでいた。

「もう他の仲間たちは旅立ってしまったんだね。ひとりになって寂しいよね。」
謎の言い訳をしつつ欲望に負けて僕はそれを美味しくいただいた。

お菓子でも何でも、最後の一つを食べるのは勇気がいる。

もし最後の一つを食べる瞬間を見られようもんなら、「卑しいやつ」というレッテルを貼られかねない。

だから心構えとして必要なことは、「いかに爽やかにサラッと食べるか」ということだ。
そして必ず美味しくいただくということ。
この2つを守れば間違いなく大丈夫。
これが僕のポリシーだ。

ひとりぼっちの超熟を仲間のもとへ見送ってひと息つくと、妻が起きてきた。

そして妻がキッチンに目をやり、僕に言った。
妻「あれ?ここにあった食パン食べた?」

僕は多少の罪悪感を感じつつ応答した。
僕「うん、食べたよ。(爽やかに、でもちょっとお茶目に)」

妻「ふぅ〜ん。」


妻は残り1枚の食パンを食べたくらいで怒るような人ではない。
そう、この日も怒りはしなかった。
ただ、何となく違和感を感じた。

出会ったばかりの頃なら気付かなかったであろう違和感。
10年弱、コミュニケーションをとり続けたからこそ感じる違和感。
でも、問いただす程のことかどうか微妙な違和感。

そんな違和感を感じつつも、子どもの世話で朝の忙しい時間は過ぎていく。

その間、会話はあまり無くてもその違和感は膨れ上がっていった。

こうなると僕の中に恐怖と不安が芽生えてくる。
早々に払拭したい、原因を突き止めたい、あわよくば解決したい。
そんな気持ちがどんどん大きくなって、ついに溢れた。

僕「なんか俺、まずいことした?」
妻「いや、別に」

確信した。

我が家の沢尻エリカは何か心にイチモツを抱えていらっしゃる!

いつも通りの「おはよう」からの30分間、何があったか。

そんなの決まってる。
超熟だ!

僕「パン食べちゃってごめんね🙏」
妻「うーん、食べたこと自体は別に怒ってないよ。ただ、悲しい気持ちになった。」

これは一大事である。
怒りを買う方がまだマシだ。
最愛の妻を悲しませてしまった。

何で悲しいのか、その日一日中考えることになった。

しかし朝の時点で9割方答えは出ていた。
だから今日一日は他の可能性があるかどうかを考えることに注力する。
そして一日中考えた結果、他に可能性はないという結論に達した。

結論が出たら、あとは行動するだけだ。

仕事帰りにショッピングモールに寄り、妻の好きなドラえもんグッズ数点、そしてどら焼きを買い家路につく。

僕「今朝はごめんなさい。はい、これ。」
妻「あ、うん、ありがとう」

反応が薄い。
ま、まあこれは小手調べやで。
ジャブよジャブ。

僕「まだ怒ってるよね、ごめんなさい」
こういう言い方は我ながらズルいと思った。

妻「いや、だから怒ってないし、なんで悲しい気持ちになってるか分からないなら謝らないで。」
大方予想通りの返答だ。

僕「怒ってないのも分かってるし、何で悲しいかも分かってる。」

妻「じゃあ言ってみ?」

僕「妻ちゃんは糖尿病だろ?食べるものが限られている中で毎朝食パンを食べてるよね?それを食べた俺がサラッと流すもんだから、糖尿病と闘ってるのは自分だけじゃないかという気持ちになって悲しかったんだよね?ごめんね。俺も一緒に闘ってるよ。」

これはイケてるだろ!
模範回答じゃないのか?

妻「お、おう、わかってるじゃねーか。」

うーむ、75点といったところか。

妻「分かってるなら何であんな態度なの。確かに朝は子どものことで忙しいかもしれないけどさあ。パパのバーカバーカ。」

ここまで来たら大丈夫。
僕も一気に肩の力が抜けた。
我が家に平和が戻った感じがした。

我等は争いをやめ、仲直りのハグをした。

妻は一型糖尿病で、食前にインスリン注射1〜2種類。
食後、少し時間を置いて血糖値チェックで血を一滴採取。
一日にうちに身体に針を7〜9回刺す。
かなりのストレスだろう。
他にも、子育てが大変だったり、二世帯とはいえ義父とひとつ屋根の下に居る。
そんなストレスを抱えて生きていることを日々忘れてはいけないのだ。

爽やかにお茶目に、なんてそんな自己満足はどうでも良いと、今になって後悔している。

ちなみに3つ買ったどら焼きだが、1つは長女、2つは妻が食べ、当然ながら僕の分は残されていなかったことは言うまでもないか。

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