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「うごきのはなし」 第0講:モーショングラフィックデザイン概論

はじめに

みなさんは「モーショングラフィックデザイン」という言葉に馴染みはありますか?モーショングラフィックデザインの分野に興味があってこの記事を読んでいらっしゃる方にとっては釈迦に説法かもしれません。もしたまたまこの記事に辿り着いた方の中には、モーショングラフィックデザインと聞いてもあまり具体的にイメージできない方もいらっしゃるかもしれません。でも気負わないでください。このnoteの一連の連載を通じて、モーショングラフィックデザインについてアレコレをお伝えしたいと思います。今までモーショングラフィックデザインを知らなかった人にも、バリバリの玄人の方にも、ちょっと興味深い何かをお伝えできたら幸いです。

筆者は、東京のある会社でモーショングラフィックデザインの仕事をしています。日々仕事でモーショングラフィックデザインに携わる中で、このエキサイティングで可能性に満ち溢れたモーショングラフィックデザインという表現に関して、「言葉で語られる」機会が少ないことに気づきました。現場でこの手でモーショングラフィックデザインをしている人間だからこそ、この分野を言葉で噛み砕き、伝えることができるのではないか、そんな想いから筆をとるに至りました。

最初は大きな枠からモーショングラフィックデザインを俯瞰するところから始め、連載の中で徐々にこの表現の本質を紐解いていこうかと思っています。どれだけの投稿でどこまで深く掘り下げられるか、まだまだ未定の部分もありますが、ぜひ気長に楽しみにしていただけたら嬉しいです。


では、モーショングラフィックデザインってなに?

前置きはこの辺にして、早速モーショングラフィックデザインの世界に飛び込んでみましょう。モーショングラフィックデザインとは実に皆さんの身の回りで多く使われている表現手法です。簡便に述べるならば「動くグラフィックデザイン」が「モーショングラフィックデザイン」であり、広く言えば映像表現の一種です。

TVをつけると番組のタイトルが格好良く動いて決まったりしますね。それはモーショングラフィックデザインです。CMの中でも、グラフィカルな画面がぐんぐん動いて、文字がしゃきしゃき動いていたりします。それもモーショングラフィックデザインです。何となくイメージができて身近に思えてきましたか?

では、モーショングラフィックデザインという言葉を観察してみましょう。

この言葉は「モーション」「グラフィック」「デザイン」という3つの言葉の組み合わせです。この中で「グラフィック」と「デザイン」を組み合わせたのが「グラフィックデザイン」で、この言葉には馴染み深い人も多いことでしょう。「グラフィック」という言葉の語源は「描画、図」を表すラテン語graphicusで、視覚的な図像を意味します。デザインは日本語で「意匠」と訳される通り、意図を持って設計することを意味します。グラフィックデザインは何らかの情報・メッセージを伝えるために、図形や写真、文字などの要素を組み合わせて平面を構成することです。そのグラフィックデザインに「モーション」すなわち「動き」の要素を加えたものがモーショングラフィックデザインです。つまり、何かしらの情報やメッセージを伝えるために図形や写真や文字などのグラフィック要素を用いて画面を構成しつつ、それらに動きを与えて一連の映像を構築する技法といえます。

グラフィックデザインが、動きという「変数」を獲得することで、情報伝達機能を変質させることができます。その利点のひとつには人間は動くものに目を惹かれるという性質を利用できるという点を挙げられます。乱暴に言うならば、動いていないものより動いているものの方が派手に見えたり、リッチなものに見えるということです。もう一つには「変化」を表現できるということです。現実世界に時間の流れがある以上、多くの事象が変化を伴います。会社の業績を伝えることも、物語のストーリーを展開することも、時間に伴う変化を表現することです。その変化を記述し表現するのに、動きのあるグラフィックデザイン、すなわちモーショングラフィックデザインの手法を用いることが便利に働きます。

このような利点があることで、モーショングラフィックデザインの活躍の場は年々広がっています。前述のTVやwebなどにおける映像メディアはもちろんのこと、街中や電車内のサイネージも、動かない静止画の表現からモーショングラフィックデザインを用いた動きのあるものに置き換える、という事例が増えています。

決して誤解してほしくないのは、モーショングラフィックデザインがグラフィックデザインに動きの要素を加えたものであるからといって、モーショングラフィックデザインがいわゆるグラフィックデザインの上位互換ではないということです。モーショングラフィックデザインはその性質上(広がっているとはいえ)活用できる媒体は限られます。一方で動かない平面のグラフィックデザインがむしろ活躍する場は依然としてより広いフィールドで残っています。つまり、適材適所で必要な場に必要な表現が用いられるということですね。


モーショングラフィックデザインの歴史

歴史を振り返ってみると、映像という表現が生まれて以降「グラフィカルな要素を動かす」という表現は20世紀初頭から実験的に行われていたようです。

公に「モーショングラフィック」という言葉を用いたのは、1960年にその名もMotion Graphics Inc.という会社を設立したジョン・ホイットニーと言われています。この会社はアルフレッド・ヒッチコックの「めまい」などの一連のフィルムでエポックメイキングなタイトルシーケンスを開発しましたが、その偉業の中で中心的な働きをしたのがソウル・バスというデザイナーです。ソウル・バスは躍動的なグラフィックデザインを映画のタイトルシーケンスに導入し、あまつさえそのグラフィックに動きを与えました。

映画の商業的な成功も相まって、ソウル・バスの開発した表現は耳目を集めることになります。原初のモーショングラフィックデザインはコンピュータを使ったものではなく、フィルム上の光学的な処理によって作られるものでしたが、その後映像表現の中でコンピュータを用いてモーショングラフィックデザインを導入することが拡がっていきます。しかし、当然当時の技術では民生機で行えるようなシステムは存在せず、高価なコンピュータを用いた専用のシステムで作られるものでした。潮目が変わったのは1990年代なかばです。windows95の発売とそれに続くiMacの発売などで多くの人がコンピュータを手にすることになり、それと歩を合わせるように開発、発売されたのが、現在でもモーショングラフィックデザインのツールとしてデファクトスタンダードの地位を築いているAfter Effectsというアプリケーションです。このことによって、モーショングラフィックデザインを実践するハードルは下がり、多くの人に門戸が開かれます。

そんな90年代を彩る、時代のエポックとして語られるのは映画「セブン」のタイトルシーケンスです。

カイル・クーパーがデザインしたシーケンスは、映画の緊張感のあるストーリーを効果的に盛り上げました。現在でも色褪せないその表現は、その後フォロワーを数多く生みました。このような時代の潮流の中で、モーショングラフィックデザインの裾野は広がっていきました。

その出自から、映画・テレビのタイトルシーケンスで多く使われることの多かったモーショングラフィックデザインの分野ですが、次第にその守備範囲を拡げていきました。特筆すべき作品として2013年にアップルが基調講演の冒頭で流したムービーが挙げられます。

アップルが考えるデザインの理念を、過不足ないミニマルなモーショングラフィックスでデザインしたこのムービーは、この表現の可能性を多くの人に啓蒙し、今でもお手本とされることが多い作品です。今では、前述の通りモーショングラフィックデザインの活躍の場が拡がっていることもあり、モーショングラフィックデザインを取り扱う多くのデザインスタジオは組織的に様々な表現を日々開発する体制を築いています。


隣接する概念との違い

このブロックでは、モーショングラフィックデザインと近い概念を持ったタームとの比較を通じて、モーショングラフィックデザインを考えたいと思います。ここで論ずるのはあくまでも筆者の周辺での慣習的な部分も大きいため、絶対的な定義でないことは強調しておきます。

CG(コンピュータグラフィックス)

字義通り、コンピュータで作られたグラフィックであるCGは、映像の中で用いられることも多く、モーショングラフィックデザインと同列で語られることが多い概念です。ただし、モーショングラフィックデザインは前述の通りその始まりにおいて必ずしもコンピュータを用いた表現ではなかったことからもわかるように、「コンピュータを用いて画像を生成する」というCGとは出自を異とする概念です。また、慣例的にはCGという用語を使う場合は3DCGを指すことが多いです。モーショングラフィックデザインの中でも3Dを用いた表現もあるため概念的に混同することも多くありますが、「3Dで何か表現すること」が3DCGの出発点だとすると、モーショングラフィックデザインの中では逆に「何かを表現するために3Dを用いる」という意識であることがモーショングラフィックデザインとCGを分ける要因とも言えます。

アニメーション

アニメーションという用語は、anim-(生命を意味するラテン語起源の接頭辞)がついているように、何かに命を与える行為を指します。主にキャラクターを動かしてあたかも生きているかのように動かすことを主眼においた意味合いで使われることが多い用語です。現在では意味が多少拡張し、動かす対象がキャラクターのみならず抽象的な図形や文字などにも用い、必ずしも有機的な生命感のある動きだけでない場合もアニメーションという言葉が用いられるようになりました。ただし、アニメーションという言葉が指すのは「動かす」行為そのものを指す場合が多く、画面全体を「構成する」行為であるモーショングラフィックデザインとは意味が指し示す対象が異なります。


あとがき

今回は、言葉の定義や歴史から、モーショングラフィックデザインという表現のアウトラインをご紹介しました。モーショングラフィックデザインという言葉を何となく聞いたことがある方も、少し具体的なイメージを持っていただけたでしょうか?次回以降は、我々がモーショングラフィックデザインを行う上で体感的に捉えているポイントをひとつひとつ紐解いていこうかと考えています。感想や、こんな話を聞いてみたいということがありましたら、ぜひ筆者宛て(twitter)にお寄せください。

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