見出し画像

『正欲』通俗性の暴露とフェアネス-3/16/24

『正欲』観た。
良かったんだけど内心せこいとも思った。

まず良かった点、

☆観客の通俗性を暴露する効果
☆彼らのエゴ

好きじゃなかった点
★本当に孤独な人を描かなかったところ


マイノリティなフェティッシュに惑う人々の姿が、あるときには赤裸々に描かれる。「水しぶき動画の撮り合いをする男性グループの様子」や、「水の流れる音を聴きながら自慰行為をする新垣結衣」など、当人にとっては極めて現実的な、しかし私には極めて非現実的な、共感しがたいワンシーンに思えた。男性3人の無邪気な水浴びシーンで笑ったり、新垣結衣の自慰に興奮していた私は、そこで嫌でも気づいてしまう。分からなければ分からないほど、その隔たりの長さに。この映画は、私たちの通俗性を暴露する。変な人たちの変な行動を、一方的に面白がる私たちを。そして、その上でいったいどのような立場を確立するのかを問うている。
普遍的な答えのない非常に難しい問題だが、この作品を通して「確かにいる」彼らのことを知り、理解することがまず重要なのではないだろうか。

私は、「新垣結衣の自慰行為はエロい」「男性三人がめっっっちゃ水遊びするのは面白い」と思った私のこの気持ちもリアルだと思う。私のこの気持ちは、他者の尊厳を傷つけることを厭わない悪意によるものではない。

共感できなくてもいい、それぞれがそれぞれのスタンスのもとで当然の敬意を払いつつ、関わったり関わらなかったりするのがベストだと思う。


八重子がなんで諸橋を好きになったのか全然分からなかったり、むしゃくしゃした夏月が佐々木の家の窓ガラスを植木鉢でブチ破ったりと、生きづらさを抱えている人たちの感情表現が抑制されてたり描かれなかったりするせいで、どうしても彼らは結構自分勝手に見える。

私はそれはそれでリアルだ、と思った。生きづらさを抱えている人たちにも、当然だがエゴは許されている。それは、「私たちが配慮しなくてはならないこと」とは何の関係もない。自由意志だ。この映画はみんな優しくて、みんなが手を取り合う、みたいな生暖かい描写があまりない。けっこういじわるな人たちのいじわるな言葉が、生きづらい人そうでない人関係なくフラットにちりばめられている。フェアだ。


だからこそ、オムニパス構造の一部で生きづらさを抱え、分かち合いたい、けど誰にも打ち明けられないまま葛藤の中で1人生きていく、みたいなスタンスの人もいてよかったような気がする。映画の中で登場する人たちは、それぞれ独自のスタンスを持っていて、それをぶつけたり、傷つけられたり、絶望したりしていたが、全員、キラキラしていた。もっと、黒ずんだ人生もあるはずで、それぞれの人生に対してフェアであろうとしてるのに、それを描かないのはセコい気がした。
まあ、冷静に考えて見ごたえないし、誰も本当の意味で救えないかもしれないしで、商業的にも1つの作品としても変になっちゃうけどね。

トータルではめっちゃ良かった。見る人によって、抱えているムズムズによって感想が全然変わりそうだからいろいろな人の感想を観たいナア・・・


皆さん、お待たせしました。

【今日のひとこと】
文末に付いていたら面白い擬音・・・
"ビクンビクン”

例文





いやーいい天気だなー(ビクンビクンッッ)





以ィーーーーーー上ッ!!!!!!!!!

田中・ワトソンJr

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?