バカになれない人たちへ
自分を重たく見せることだけが人生の最終目標の人がいる。決まって偉そうなんだけど、その偉さの根拠があまりない。不確かな分、表面的に気を使ってもらっている状況を好む。周囲も、面倒くさいからそうしてるだけなのに。かと思えば、誰々さん知ってるからさ。自分の言うこと聞かないと痛い目にあうよ。こんなうっすらとした関係性と脅迫だけがキラーワードだと思っている。国家元首から国民に至るまで。思い当たる人、あなたの周囲にもいませんか?
そこまで極端じゃなくても、自分をかっこよく見せたいだけの人。ダサい自分を表面化できないという人も、症状としてはまだ軽症だけどやがて重要になる可能性があるから注意が必要。先に自白しておくと、僕にもそういうところがある。できるだけ大きな声を出したくない。プライドが高過ぎる。それでいて風邪薬をビールで流し込むみたいな、変なハードボイルドさがある。確率変動を呼び込むように、たまにバカな振る舞いをすることでバランスをとっている。インプットもアウトプットも、それらを分けない生き方も、データ形式が固定調では人生が固まってしまう。軽やかな可変調でいきたいところだ。
可変調の生き方が良いところは、ときに自分を軽く見せることができることだ。年齢を重ねると、それだけで自動的に偉くなってしまう。挑戦する立場から審査する立場。しかも審査委員長とか頼まれてしまう。下らないことを続けたい人間にとっては由々しき問題。必要以上の偉さは、身を滅ぼす。身の丈に合わないオファーが来ても、期待に応えることができない。あるいは、偉いというだけで無条件に誉められ続けても人生に張りがない。連続性がない。人生を持続することができない。自分の価値に対するインフレ、デフレともに柔軟に対応できたほうがいい。
僕はわりとそういうところ意識的で、「うっかり」という言葉を自分を軽くするために使ってきた。例を以下に引用しつつ解説を加える。
現代に於いて、「寝てない」は一種の自慢である。凄く人気がありそうだし、仕事のオファーも凄くありそう。よくよく考えると自己管理能力が無いだけ。それがバレるまえに、意図的なうっかりで質量変換しておきたい。
原点回帰のうっかり。公式見解としてのうっかり。昭和平成令和、時代を越えたうっかり。三つ連続で引用。どれも趣深い。
うっかりを使った文章メソッドも一本調子ではいけない。ときに真理を潜ませることも大切である。2011年の時点でメタという言葉を、しかも現在も多くの人がまだたどり着いていない使い方で登場させているのも慧眼であると自ら言いたい。石高制とゲーミフィケーションに至っては、もはや文明単位の指摘であることも付け加えたい。無力感のボリューム感については、しっかり時代考証すればやがて明らかになる事実。バカには未来が見える。
過去の引用はじめたら、うっかり楽しくなってしまった。本題に戻ろう。自分を軽く見せるために、「うっかり」を意識的に使ってきたという話だった。要するに僕がこの記事で伝えたいのは、タイトル通り「バカになれない人たちへ」向けた生き方の提案だ。「(ときに)バカと思われてもいい」「○○バカと呼ばれるくらい、人生を極めてみませんか?」ということでもある。
僕は「拡張現実バカ」なので、とにかく拡張現実的なことを考えている。現実的なこともたまに考えるけど、それは拡張現実が現実を舞台とするものだから仕方なく考えている。現実に目を向けると、問題が山積みだ。現実を現実的に捉えるだけでは、問題解決に結びつかない。だから、偉い人がたくさん参加する会議でも、ときにバカになって提案をする。「そんなの現実的じゃない!」と言われても「拡張現実的ではあると思いませんか?」と、具体的なアイデアで現実的な人たちと解決策を探る。その場にバカが一人いないと、動かない会議が山ほどある。
真心ブラザーズのYO-KINGは、人間はもう終わりだ!という曲のなかでこんなことを歌っている。「平和なんか一人のバカがぶっこわす」、まさにいま某国のバカが一人で平和をぶっこわしている。逆説的にいうと、ただのバカは独裁者にもなり得る。だから、ただのバカになってはいけない。〇〇バカは専門家、バカ〇〇はただのバカ。バカは、国境や文化を越えて真理に辿り着くことができる専門家であるべきだ。自分の存在を重くするだけではなく、ときに軽くして戯けてみせるユーモアが必要だ。自己的な欲求だけでは解決できない問題がある。あなたはどうですか?他人のためにバカになれますか?
最後にバカなイベントの告知
あらゆる業界の(ユーモアがあるほうの専門的な)バカが集結するバカサミット、こんなシリアスな時期に開催します。この文章自体、イベントを正当化するために書いたところがあります。ここまで読ませておいて、最後告知かよ!って怒る人がいるかもしれません。せっかくなので最後まで読んでください。だって、この混乱期に500人キャパの会場を主催バカ(アイスマン福留)が、うっかり押さえてしまったのです。暗いことばかりの世間の雰囲気を少しでも明るくしたい。良かれと思ってリスクを考えずに動いた、バカだけどピュアな主催の気持ちを無為にしたくないのです。春だから参加したいという暇なあなた、バカになりたいけどバカにされたくないあなた、バカサミットにいつか登壇したいという志高きバカ。ふるって、チケット購入のうえ参加ください。会場参加とリモート参加があります。バカだけど、感染症対策はしっかり行なったうえで開催いたします。僕は拡張現実バカとして出演、総合司会もつとめます。正直、リスクしかないです。でも、やるんです。バカだから。世界を明るくしたいから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?