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海のそばで一人

波の音がする。

目をつむって,体育座りした膝に顔をうずめていた。
砂浜に座っているものだから,足の指に間に砂が入ってくる。目をつむっているから指の間にどれだけの砂があるかは見えない。ただ,ザラリとした感触は伝わってくる。

波の音は途切れない。一つのフレーズが終わってもまた一つフレーズが出てくる。途切れたと思ったらまた音がする。ただし,音楽プレイヤーでよくあるリピートではない。微妙に歌い方を変えている。細かく刻んだ音の次は,のっぺりした長い音。次はだんだん大きくなったかと思いきや,ピークはあまり大きくならず終わった。

波の音が止むと同時に風が吹いてきた。決して強くはないが,音を外した楽器のような目立つ音を鳴らして吹いている。

一度顔を上げてみる。

目の前の空は夕暮れの色。絶妙な茜色。特に今日は赤の要素が強い。鬼灯の色に近いだろう。砂浜はどこかの楽園のような白さではなく見事にベージュ。ところどころにある黒い影を素足で踏んだら怪我をするだろう。

目の前の海は,日が落ちた今見ても薄めた墨汁にしか見えない。昼間見れば確かに青い。しかし日が高い時でさえ,どこかの南国のような明るい青ではなく,どちらかというと紺色だ。

風のせいで潮のにおいがほとんどしないから,余計に海に見えなくなってくる。

風は全く波の音を聴く気配はない。半拍遅れて入るでもなく,かといって波の音が落ち着くわけでもなく。波の音が続いていても,風の音はお構いなく止む。風が中音をたっぷりならしたと思ったら,波は大して音量も上げずにクレッシェンドを終える。

空のてっぺんは赤色から青色へ変わりゆく。波と風以外音がしないのに時間だけが過ぎていく。

波と風の音が止んだその時だった。

チリンチリン。

後ろから音がした。振り返るとそこには自転車を押した男がいた。立ち上がって,男のもとへ走る。波と風の世界から離れる時間だ。

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