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一瞬のための莫大な時間《Club with Sの日 第24回レポ》



「今度、制服が変わるらしいよ」
「え、いつからですか?」
「いや、それはまだ確定していないんだけど、新しいデザインになるって事務所で聞いた。
 そのうち採寸用の見本が送られてくるんじゃない?」

約半年前、職場のスタッフ同士で繰り広げられていた会話だ。

多くのスタッフが考えていたことはたぶんこんな感じだろう。
「どんなデザインかな?」
「動きやすいタイプがいいな」
あるいは
「洗濯しやすい素材だと助かるな」

でも、自分の頭の中に真っ先に浮かんだことは

「男女別だったらどうしよう」

今までは全員共通のデザインだった。
Yシャツとスラックス。
色もブルー系で統一されていて、気に入っていた。
だけど、突然男女別になることだって十分あり得る。
数年前、レストランで短期バイトしていた時に性別で分けられていたから。

急な制服変更のせいで、準備をしなければならなくなった。
男女別だったら、あるいはデザインを自分で選べなかったら、特に女性用が体のラインが出やすいタイプだったら……
その時は、安心して着られる方を選べるように、お願いしよう。
なんて説明する?
なんでこれじゃダメなの? って聞かれたらなんて答える?
ジェンダー・アイデンティティについて一から説明する?

あーーー、頼むからこれまで通りに働かせてくれ!!
心配を抱えながら数週間過ごし、届いた見本は全員共通のジャケットタイプだった。
ホッとした。
「こんなことなら悩まなければよかった」
なんて、絶対に思わない。
考える時間すら与えられず、とても着れそうにないデザインの服を差し出されたら、と思うとゾッとする。
いつ降りかかってくるか分からない、しかもマイノリティにしか降りかからない豪雨のために、傘やカッパや雨宿りできる場所なんかを用意しておく必要がある。
安全策を練ることはちっともおかしいことなんかじゃない。

今回セレクトした映画『3 Generations』(2015)
冒頭で「僕は普通がいい」と語り始めるのは、主人公のトランスジェンダーの高校生・レイ。
ある日、学校でレイは「次の授業、少し遅れるって伝えておいて」と同級生に伝言を頼む。
そのシーンを観ている自分は不思議に思う。
誰かに電話しなきゃいけない予定でもあるのだろうか、と。
レイは校内をどんどん歩いて行く。
男女別に分けられたトイレの前を颯爽と通り過ぎて行く。
校舎の外に出て、たどり着いたのは行きつけのお店。
そこにはオールジェンダートイレがある。
自分はやっと気付く。
トイレのためにわざわざ遠くまで移動しなきゃいけないから、授業と授業の間の短い時間じゃどうしたって間に合わないから、遅れるのだ、と。
ここまで丁寧にトランスジェンダーの若者のリアルが描かれたことと、それを言葉ではなく画として観客に訴える表現に驚かされた。
そして、重要なことを思い知る。
トランスジェンダーやノンバイナリーの人たちが日常生活で直面していることは、ジェンダーに関する問題そのものだけでなく、それによって本業に影響が出てしまう現実だ、と。
映画の中で、レイにとってトイレ問題は学業面にまで影響を及ぼすものだった。
誰もが享受すべき教育の権利が侵害されている。
こんなの、絶対おかしい。
負担を背負い続けたレイは不満がピークに達して、こう叫ぶ。
「もう例外なんてうんざりだ」
シスジェンダーであれば悩まずに済んだことに体力・精神力を注がなければならない。
時間もエネルギーも限りがある。
だから、コミュニティが必要だ。

──

2022年3月30日
Club with Sの日 第24回
新生活応援スペシャル1回目
テーマ『ノンバイナリーにとっての生活の変化とは?《環境面》』

本題に入る前に、ノンバイナリー関連作品の紹介タイム。
今回はドラマシリーズ『Our Flag Means Death』
ジャンルは海賊のロマンスコメディ。
一週間ほど前、Instagramで大ファンである映画監督・Taika Waititiの一つの投稿が目に入った。
それは『Our Flag Means Death』のファンによるメッセージのシェアであり、Taika Waititiがメインキャストの一人かつプロデューサーを務めていることを知る。
「マイノリティについてマイノリティに向けられた作品」と書かれたら気になり、早速検索する。
すると、“The Anti-Queerbaiting Series”とか“a great example of queer representation”といったキーワードが出てきて、お、これはすごそうだ。
Queerのキャラクターがたくさん登場するのはもちろん、ノンバイナリーの俳優・Vico Ortizがノンバイナリーの海賊を演じているらしい。
さらに調べると、Vico Ortizのインタビュー記事を発見し、そこで脚本家チームにノンバイナリーの脚本家が3人もいると知る。
なんじゃこりゃ!!!
Vico Ortizは初めて脚本を読んだ時、「ノンバイナリーのキャラクターが正しく描かれ、作品を通して大切に育ててもらえる」と確信し、泣いてしまったという。
Queer当事者のファンたちからも絶賛され、調べれば調べるほど自分を喜ばせる情報しか出てこない。
……でも、一つだけ欠点を見つけてしまった。
「日本で観られない」
ガーーーン。
こんな素晴らしい作品を早く日本でも配信してくれ!!!(切実)
それまでしばらくの間、Vico OrtizのSNSの発信を楽しみながら待っていよう。

そして、もう一つ。
アカデミー賞関連ニュース。
アカデミー賞2022で、Ariana DeBoseがQueerであることをオープンにした俳優として初めて助演女優賞を受賞!!
(長い歴史のある映画賞なのに、今までいなかったことにびっくりだ。)
Ariana DeBoseはClub with Sの日でも何度かご紹介した方だから、ぜひ喜びを共有したかった。
オスカーを獲得したことだけではなく、受賞スピーチも印象的だった。
(本当に素敵なスピーチなので、動画や全文を検索してみてね。)
Queerであることや自身のアイデンティティをはっきりと示した上で、こう続ける。
“To anybody who has ever questioned your identity or you find yourself living in the gray spaces…
I promise you this: There is indeed a place for us.”

“a place for us”
僕らの居場所はここだ。

ちょうど新年度が始まる今の時期にぴったりのテーマ。
生活の変化とともに遭遇するノンバイナリーならではの課題。
具体的にはどんなものがあるかな?

①制服

男女別で分けられている制服、制服がなくてもスーツ指定の場所。
学校が私服OKでも、バイト先で制服を着ることになる学生さんもいるはず。
ジェンダー・ニュートラルなデザインの制服が採用されている場所はまだまだ一部であるし、服装でジェンダーを勝手に判断されてしまったり、自由なジェンダー表現ができなくて息苦しさを感じる人もいるのではないか。
さらに厄介なことは、制服を理由に選択肢が狭まってしまうことだ。
通いたい学校や働きたい職場があっても、制服が男女別であることで別の選択肢に変更したり、仮にそこに進学や就職が決定しても、制服のストレスのせいで能力を100%発揮できなかったり。

「制服なんて着たくないのにルールだから着なきゃいけない人。
 着たい制服があるのに様々な理由で着ることができない人がいる」

というメンバーの方の発言が全てを表現していた。

②トイレ

ノンバイナリー当事者でも、どのトイレを使用することにどれだけの抵抗を感じるのかは人それぞれであると確認し合った上で。

・男女別のトイレ
→ジェンダー・アイデンティティを男性or女性と勝手に判断されてしまうかも。
 中性的なスタイルの時、あるいはフェミニンな服装で男性用トイレを使用/ボーイッシュな格好で女性用トイレを使用する時、周りの視線が気になる。
 そのトイレを使うこと自体は問題なくても、トイレに入る姿を他の知り合いに見られるのは嫌だ。
  
・オールジェンダートイレ
→他のトイレが空いているのにわざわざオールジェンダートイレを使ったら、ジェンダー・マイノリティのカミングアウトになってしまうかも。

・トイレの設計
→男女別のトイレ/オールジェンダートイレの比率は?
 全てのトイレをオールジェンダー化すべき?
 トイレ全体を死角の少ない設計にしたら誰でも安心して使える?

・トイレの設備
→サニタリーボックスの設置。(“生理のある人”は女性だけではないよ。)
 メイクアップスペースの設置。(メイクをするかしないかはジェンダーに関係ないよ。)

・トイレ掃除
→もしトイレ掃除の担当になったら、どのトイレがストレスなくできるだろう。
 女性トイレは女性、男性トイレは男性が担当するなら、ノンバイナリーは?

・健康面
→トイレは誰にとっても必要なもので、我慢したら健康にも影響を与えてしまう。
 回数を減らしたり、人目を避けられるようタイミングを工夫したりしなくていいように、もっと多くの人に関心を持ってほしい。

トイレに関する課題は次々に出てくるけど、マイノリティ当事者側の精神的な悩みというより、社会のジェンダーに関する理解の不足が原因である面がかなり大きいと思った。

③更衣室・ロッカールーム

学校なら体育の授業のタイミング等で、職場なら制服に着替えるために、更衣室を使う機会があるはず。
オールジェンダー用のスペースがないことよりも、更衣室内の環境が苦痛だった身として、ぜひ語っておきたいテーマだった。
ノンバイナリー当事者だけでなく、シスジェンダーの人であっても、身体を知り合いに見られてしまう(意識的に見ようとしていなくても目に入ってしまう)状況へのストレスはあるのではないだろうか。
特に成長期の若者にとってはセンシティブなテーマだ。
では、どんな構造が理想的だろう、と考えた時、メンバーの方が素敵なアイデアを出してくれた。

「アパレルショップの試着室みたいに、個室タイプになっていたら使いやすい」

これだ!!
壁で完全に仕切らなくても、カーテンとか簡単なものでもいいから、周りからの視線を遮るものがあったなら。
どれだけ精神的な負担が減っただろう。

④ヘアスタイルやメイクに関するルール

「女性だからメイクは必須です」
「男性の長髪は禁止です」

性別で分けられた様々な校則や社内規則。
もちろんノンバイナリーの存在は想定されていない。
一日の中で多くの時間を過ごす環境において、何かに縛られること、社会の中で規範とされる誰かを演じなければならないことによる悪影響は計り知れない。
勉強や仕事より、そっちの悩みで疲労が溜まってしまうね。

⑤コミュニティの存在

生活していく中でジェンダーやセクシュアリティに関して何か問題が生じた時、相談できる窓口はあるだろうか。
Queer当事者同士で悩みを分かち合えるスペースがあるだろうか。
それらがなくても、学校・企業・地域側が「ここはLGBTQ+アライな環境である」と何らかの形でメッセージを発信してくれるだろうか。
大きな環境に違和感や壁を感じても、小さなたった一つの居場所で救われたりするから。

ここまで、いろんな課題を共有してきた。
自分と合った環境を細かく調べなければならないこと、探したくてもその場へ行ってからでないと分からないことが多すぎること、ぴったりの場所を見つけても部署異動や引越しなど何かのタイミングで急な変化に対応しなければならないこと。
たった一回のミーティングで解決できるほど簡単なものじゃない。
それでも……

「いや〜、難しいですね」
「これはちょっと……分からないですね」

ミーティング中、つい何度も言っていた言葉だ。
本心だった。
「分からない」ことを素直に「分からない」と言える、まだ答えが見つかっていない状態でも話に耳を傾けてもらえる、それがClub with Sだ。
メンバーの皆さんにはこれからもどんどん困っていることや心配なことを共有していただきたい。
「こんなこと話してもいいのだろうか……?」と気にしなくても大丈夫!!
それに、個人的な悩みだと思っていたことを、他の方に共感してもらえたり、似たエピソードをお話してもらえたりすることがけっこうあるのです(笑)

──

同じ環境にいても、その光景が与える印象は人によって異なる。

お気に入りのドラマシリーズ『Euphoria』について語らせてほしい。
高校生の主人公・Rue (大人気のZendayaが演じているよ)と彼女の親友のJules (憧れのHunter Schaferだ!!)がおしゃべりをしているシーン。

Rue「ひとけのない場で知らない男性と会うのは危険だよ。賑やかなカーニバルで会うことにしたら?」
Jules「私にとっては人混みの方が危険だよ。(なぜならトランスジェンダーだから)」

確かに、人通りの少ない場で一人で初対面の男性と会うことはどんな女子にとってもリスクのある行為だと思うのだが、人が多いからって安全とは限らない、トランスジェンダーであることを理由に攻撃されるかもしれない、という現実世界を短いセリフでサラッと表現していて、思わず息を呑んだ。
同じ状況に遭遇しても、シスジェンダー女子のRueとトランスジェンダー女子のJulesでは、見方が違う。

苦痛の感じ方だって、きっと違う。
自分の場合、ロッカールームに入る時は意識的に存在を消し、「身体とジェンダー・アイデンティティは別だ」と繰り返し言い聞かせながら急いで制服に着替える。(おかげで高速で着替える技が身に付いてしまった。)
ロッカールームで5分過ごすくらいなら、一時間無給で働く方がマシだ、と本気で思った。
環境を物理的に変えたくても設備には費用も時間もかかるし、たった一人のマイノリティのために会社が動けないこともわかっていた。
そうやって沈黙することがQueerの存在を社会から見えにくくすることだともわかっていた。
だから、いつも悔しかった。

シスジェンダーの人たちへ。
ノンバイナリーやトランスジェンダーの人たちは、たった数分入るトイレのために、いったい何日間悩んだと思う?
たった一度、更衣室で身体についてコメントされたこと、たとえそれが好意的な言葉であったとしても、その後何日間引きずってうんざりしたと思う?
学校で出された宿題や仕事以外の課題に、どれだけの時間を費やしてきたと思う?

僕らには、莫大な時間が必要だった。

違いを強調するのは、分断を煽りたいからでは無い。
本当の意味での“繋がり”を求めているからだ。
お互いのアイデンティティを尊重し合った上で関係を築きたいからだ。

次回は《精神面》がテーマ。
新たな環境で出会った仲間とより良い関係を保ちながら、そして自身のメンタルヘルスを大切にしながら生活できるように、一緒に考えよう。





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