見出し画像

Trust Your Power《Club with Sの日 第27回レポ》



ある日、SNSで一件の通知がきた。
「協力します」という内容のメッセージ。
それは、大きな可能性のはじまりだった。

約半年前、自分は悩んでいた。
「勉強するために欲しい本が高くて買えない。今の若者はどうやって本を買っているのだろうか。できることなら誰かに送っていただきたい。でもタダでもらうことは難しいからなにかと交換ならいいだろうか」と。(当時の投稿にそう書いてある)
それで、出した結論が自分で描いた絵と交換、だった。
映画のファンアートの画像を載せ、呼びかけてみた。
投稿後、届いた通知が上のメッセージだ。

こんなにすぐに反応がくると思っていなかったので、本当に驚き、感激した。
相手の方と発送方法についてDMで相談しながら、できるだけ個人情報が漏れない形でやり取りできるように工夫した。
クラウドファンディングのようなものかもしれない。
絵を梱包しながら、長文の手紙を同封した。
そこには、協力へのお礼と、なぜその本が必要だったのか、その本で得た知識をどのように役立てたいかを一つ一つ記した。
自分自身の中にある偏見と向き合いたいこと、世界の観方を変えたいこと、本の内容をテーマにしてコミュニティで語り合いたいこと……
一冊の本から生まれる可能性について、書き尽くした。
その本のタイトルは

『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』

嬉しかったのは、本をプレゼントしていただいた方が“なんとなく”ではなく、明確な意思を持って協力してくださったことだ。
Queerコミュニティについて深く理解せずとも、何かの形でサポートできたら、とずっと考えていらっしゃったことを知ったとき、無意識に築いていたマジョリティ側の人たちとの境界線に気付かされた。
協力を求めても、声が届くのはマイノリティ当事者だけで、他の多くの人たちには響かないのだろう、と諦めかけていた部分もあったから。
でも、優しくて強い現実が訪れた。
今回、一連のやりとりを通して、たくさんのことを学んだ。
年齢やジェンダーの壁を超え、分断ではなくお互いを尊重できる方法を編み出していけるのだ、と。

マイクロアグレッション研究のため、サポートしてくださったご本人に、改めて感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
こうしてミーティングを開催することができました。


2022年5月25日
Club with Sの日 第27回
マイクロアグレッション特集2回目
テーマ『ノンバイナリーのマイクロアグレッションへの対応とは?』

本題に入る前に、ノンバイナリー関連作品の紹介タイム。
今回は短編映画『Two Distant Strangers』(2021)
邦題は『隔たる世界の2人』
Black Lives Matterをテーマにした作品で、アカデミー賞も受賞している傑作だ。
人種差別問題を描いた物語なのに、ジェンダーと関係があるの?
と思われたかもしれない。
実は、それこそがポイントなんだ。
主人公の黒人男性が白人男性警官と会話するシーン。
相手の家族について聞こうと主人公はこんなセリフを言う。
「奥さんか旦那さんはいる? 
それともジェンダー・ノンコンフォーミングのパートナー?」
驚いたよ。
相手が同性愛者の可能性もあるからと、“妻”と“夫”を並列して質問する。
この時点ですごい。
さらに、結婚相手が男/女ではない可能性もあるからと、ジェンダー・マイノリティも包摂して発言する。
些細な会話でもノンバイナリーの人たちの存在を意識してくれたとは……!!
感激だ。
と同時に、新たな視点と向き合うきっかけが生まれた。
LGBTQ+を意識し、慎重にならなければいけないのは、Queerをテーマにした作品だけではない、ということだ。
どんな作品でも軽視されてはいけないし、形に残るものでなくても、社会のあらゆる場で大切にされるべきである。
逆に、Queer当事者だからといって、他のマイノリティを雑に扱っていい、ということは絶対にない。
ジェンダーやセクシュアリティだけでなく、多様な人種や文化、様々なアイデンティティを尊重した表現・対等に位置付けた行動をしていくこと、それぞれのコミュニティの当事者から学び合うこと。
難しいけれど、大事なことだ。
『Two Distant Strangers』は深く考えさせられる、強いメッセージ性のある作品でありながら、タイムループものとしても完成度の高い、素晴らしい映画なので、興味があったらぜひ観てみてほしい。
さて、自分たちの中にまだ存在する、他の周縁化されたマイノリティ・グループへの偏見や無理解について確認し合えたところで、本題へ入ろう。


Q. どのマイクロアグレッションに対して行動を起こすべきか?

個々のマイクロアグレッションに対する効果的な行動を考えることと同じくらい、行動すべきマイクロアグレッションを慎重に選ぶことは大切だ。
選択において、どんな要素が影響するだろう?

①相手との関係
その場でしか関わることのない人orこれからも長い付き合いとなる人

②相手のLGBTQ+に関する理解度
・このマイクロアグレッションは意図的? それとも無意識?
・LGBTQ+について、特にノンバイナリーというジェンダーについて、相手は知っている?
・相手はQueerコミュニティに対して好意的? それとも否定的?

③マイクロアグレッションが発生した状況
・相手と一対一で話している時or複数人のグループで
・そこに自分と相手しかいない空間or公共の場(教室や会社)
・周りに味方となってくれる人がいるかどうか

④精神的ダメージ
・批判したら悪意のない相手に対して厳しすぎではないか? という懸念
・出来事に対する自分の認識が正確なのかどうかわからない不安
・指摘した後、相手に「そんなつもりはなかった」と責められる、まるでこちらが不寛容な人のようになってしまう恐れ
・行動を起こしてもプラスの方向へ変化するとは限らない、状況が悪化する可能性も十分にあるという不利な立場
・仮に相手にマイクロアグレッションを認めてもらえても、その後、今度は相手が気を遣いすぎてしまい、LGBTQ+やパーソナルな面に関する話題をしてもらえなくなり、深い関係を築けなくなってしまう孤独感


Q. マイクロアグレッションに対してどんな行動を起こすべきか?

行動すると決めた場合、あるいは加害の深刻化を止めるために行動せずにはいられない状況の場合、よりふさわしい方法はなんだろう?

①ネット上で発信する

加害者に直接言えなくても、自分の考えを世界へ向けて発信することはできる。
文章に書けば落ち着いて自身の気持ちと向き合えるし、勢い任せのものではない、客観的な意見を伝えることもできる。

②コミュニティで共有する

これは①と関連した方法であり、ネット上で繋がったマイノリティ当事者と体験を共有することで、混乱した状況や迷走する感情の整理ができる。
共通言語・共通認識を持ったグループの方がオープンに語りやすいだろうし、溜め込んでいた不安や苦痛から解放されるはず。
対応方法について相談してもいいし、自身の認知・感覚を肯定してもらったら、より安定した精神状態で自分なりのアクションを模索できるかもしれない。

③個人よりも機関に働きかける

ある一人の人がマイクロアグレッションを行ってしまった場合、その人に悪意や偏見があった、というより、制度や構造のせいでその行動をせざるを得なかった、ということがある。(《男・女》の性別欄に記入してもらうために相手の性別を確認することなど)
問題が人間ではなく、環境にある場合だ。
そんな時は、その場で相手に抗議することは根本的な解決にはならないだろう。
だから、視野を広げて、もっと大きな存在に働きかけよう。
教育機関、行政機関、医療・福祉機関等にメッセージを届けよう。
パブリック・コメントを提出したり、役所に投書したり、行政相談窓口にアクセスしたり、対象機関のHPのお問い合わせフォームから要望を伝えたり。
一つのマイクロアグレッションは、実は様々な要因に影響を受けて発生する。
これらすべての要因を解決することは不可能だし、そもそもすべてを特定することだって難しいだろう。
だけど、たった一つのアクションが、本人だけではなくそのシステムによって抑圧されている他のマイノリティ当事者たちを救うことになる。
可能性は未知数だ。

④仲間を見つける

自分のアイデンティティについて理解している友達や身近な人と連帯しよう。
マイクロアグレッションに一緒に立ち向かってもいいし、自分の考えを仲間に代弁してもらってもいい。
そうすれば行動の負担は軽減され、その分、自身のヘルスケアに集中できる。
逆に、大切な人が攻撃を受けている時は、相手のサポートをしよう。
加害者に指摘をしたり、相手のそばにいて心理的なサポートをしたり、協力の仕方はたくさんあるよ。
それぞれの目線に立ったアクションを起こすことは、より深い信頼関係を築く手助けになるはずだ。

⑤教材を活用する

マイクロアグレッションについて、特に理解のない相手に対して、一人で一から全てを説明しようとするのは過酷な作業だ。
ただでさえ心理的ストレスを抱えている状況で、さらに負担を強いるのは本人のためにもよくない。
そんな時は、無意識の偏見について扱った作品や、正しい認識を与えてくれるようなメディアの活用をオススメしたい。
できるだけマイノリティ当事者によって語られたもので、より自分の考え方に近いものを選ぼう。
アクションのパスみたいなものだね。
自身はその教材に対する補足をするだけで済むし、相手だって、一対一の会話より第三者の意見を取り入れた方が、冷静に状況と向き合ってくれるかもしれない。

ここまできてとても大切な発見は、“その場で”“瞬時に”かつ“自分の声で”行うことだけが適切な行動ではないということ。
まるで自分が考案した方法みたいに書いているけど(笑)、すべてミーティング参加者の方々から語っていただいたものだ。
メンバーのみなさんの素晴らしいアイデアや実際に行われた勇敢なアクションに何度も何度も刺激を受ける。
もし自分だけだったら「加害者に確実に想いを伝えるためには、感情的になった方がいいのだろうか? それとも一から丁寧に説明した方がいいのだろうか?」ということだけを悩んで終わっていただろう。
でも、マイノリティの若者同士で語り合ったら新たな発想と出合い、マイクロアグレッションの対応すべてを自分一人で抱え込まなくていいんだ、ということにも気付けた。
共有してみないと気付けなかった可能性がたくさんあるね。
そしてだからこそ、正直に、オープンになることは素敵なことなんだ。


Q. マイクロアグレッションに対してどんなケアをすべきか?

行動しないと決めた場合、あるいは心理的負担から今すぐに行動すべきではないと判断した場合、必要なケアはなんだろう?
最初に言っておきたいのは、“行動しないこと=弱いこと”では決してない、ということだ。
加害を受けて混乱している中、自分の立ち位置やメンタルヘルスを意識して考えられることは、むしろ強さだ。

①ヘルスケアを優先する

日常的にマイクロアグレッションに遭遇すると、頭痛や食欲不振といった身体症状が現れるかもしれない。
または、すでに抱えている病気や心理的問題を悪化させたり、慢性化させたりするかもしれない。
さらに、体感できなくても、免疫力を低下させる場合だってあるはず。
まずはしっかり休息を取ろう。

②距離を置く

マイクロアグレッションを受けやすい環境や相手との距離を置こう。
例えば、異性愛規範やジェンダー・バイナリーな価値観に満ちた教室にストレスを感じたら、放課後は公共図書館で勉強するようにする、とか。
保守的な考えの人たちが多い職場に疲れたら、休憩時間は外に出てリフレッシュしたり、カフェに行って自分一人になれる時間を確保したり。
より安心して過ごせる環境に身を置くようにしよう。

③コミュニティや専門家に頼る

体調不良が続く場合は信頼できる人に相談しよう。
精神科や心療内科を受診したり、安全なコミュニティで話をしたり。
専門の本を読んで、こうしてコミュニティで共有したことで、マイノリティの人たちが日常生活で何度もマイクロアグレッションに遭遇し、より多くのストレスに耐えていることが明確となった今、積極的にサポートを求めることは不可欠だ。

『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』の中で印象的だった考え方について紹介しよう。
それは、“マイクロアグレッションの可視化=マイノリティの痛みの可視化”ということ。
マイクロアグレッションが発生した時、つい、加害者中心に状況を判断してしまうことがある。
「攻撃を行った相手は意図的ではなかったのだから、受け手の痛みはその分小さいだろう」みたいに。
しかし、重視すべきはマイノリティ当事者の体験やリアルな感情だ。
加害者にどれだけの善意/悪意があったのかは、被害者の傷の深さや心理的負担の評価には影響を与えるべきではない。
痛みの過小評価が、適切なケアから遠ざけることになってはならない。
迷ったらこの考え方を胸に、恐れずに自分を大切にしてほしい。


メンバーのみなさんへ。
マイクロアグレッション特集は様々な苦痛を思い起こさせる、きついものだったと思う。
個人的な経験と向き合うために、たくさんの迷いがあったと思う。
「あからさまな差別がこんなにもありふれているのに、なぜわざわざ見えにくい差別を可視化しなきゃいけないんだ?」とも。
それでも、ここへ来てくださったのは、すでに気付いているからかもしれない。
「マイクロアグレッションは些細なものではない」と。
「マイノリティ当事者にとっては明確で、長期的に幅広い影響をもたらす攻撃だ」と。
“マイクロアグレッション”という言葉や概念はまだまだ多くの人には認知されていないし、社会からそう簡単に消えるものでもない。
それでも、この終わりなき闘いに挑戦してほしい。
投げ出してしまいたくなる時、コミュニティは、君の強さを思い出させる最後の存在になる。
いつの日か、マイノリティの痛みの共有ではなく、世界の真実や君自身の現実と対峙したからこそ生まれた可能性を共有できる日がくることを願っている。


数週間前、マイクロアグレッションの研究中、一つのドラマシリーズに出逢った。
タイトルは『Colin in Black & White』
アメリカンフットボール選手Colin Kaepernickの高校時代を描いた、ドキュメンタリー風の青春ドラマ。
本編にはご本人も登場する。
海外のティーンドラマが好きな自分は、たまたま見つけて気になって再生したのだけど、なんとマイクロアグレッションの解説が飛び出してきた!!
自分なりに工夫しながら一生懸命勉強していると、教材の方がこちらへやってきてくれる(笑)
映像として表現してもらえると、加害者の表情や視線、仕草をよりリアルに体験でき、「これもこれも全部、本を読んで学んだやつじゃん!!」と興奮。
曖昧で何気ない侮辱についてコメディ風に紹介しているシーンまであり、笑えるのにちゃんと勉強にもなっている、めちゃくちゃ画期的な作品だ。
Colin Kaepernickが差別的な社会をどう見つめてきたのか、マイクロアグレッションとどのように闘ってきたのか、葛藤からどんな信念を生み出したのか……
スポーツに全く詳しくない自分でも夢中になって観られる物語だったから、Club with S世代の若者のみなさんに強くオススメしたい。

最後に、『Colin in Black & White』から放たれた力強いメッセージを届けよう。

To the underestimated, the overlooked and the outcast, trust your power.

僕らはこの“power”を“可能性”と訳したい。




読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは【Club with S】運営メンバーがジェンダー論を学ぶ学費(主に書籍代)に使わせていただきます。