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My World's a Little Blurry《Club with Sの日 第34回レポ》



Freedom is what you do with what's been done to you.
──Jean-Paul Sartre


秋も深まり。
肌寒くなってきた夜。
紅茶で体を温めながら。
静謐な空間で聴くYo La Tengoの音楽を。
その時間の味わいを、分かち合える人がいたらどんなに幸せだろう。

だけど現実は、周りに洋楽を聴く同世代の人なんてまずいなくて、サウンドの魅力を語りたいのに、「Yo La Tengoっていうアメリカのインディー・ロック・バンドがいてね」ってとこからはじめないといけない。
そうなってくるともう熱は冷めてしまって、「まあいっか」ってことで、何も語らず、結局音楽の世界に再び閉じこもることになる。
こんなもどかしさを感じるのは一体何回目だろう。

Our Way to Fall
自分がどんな状況にいようと、素晴らしい音楽はいつだって素晴らしい。
没頭させてくれる芸術の存在をありがたく思いながら過ごしていた時、タイムラインに流れてきた一つの投稿に目が止まる。
映されていたのはYo La Tengoのアルバムのジャケット。
SOAKによる、今聴いている音楽の紹介だった。
Let's Save Tony Orlando's House
自分と秋を共有してくれる人が、遥か彼方、アイルランドの憧れのアーティストだったりする。
直接会ったわけでもないのに、急に距離が近くなったように感じる。
何か言葉を交わしたわけでもないのに、やっと理解者に出会えた気分になる。
こういう瞬間に、自分はグッときたりするんだ。

秋の夜長は思考の海の奥深くまで潜りたくなる。
“セクシュアリティの揺らぎ”と聞いて

思い浮かべる映画は『Matthias & Maxime』(2019)
思い浮かべる音楽はFrank Oceanの『Blonde』
思い浮かべる場所は深夜の公園

彼らは決して答えをくれはしなかった。
代わりに、そばにいて寄り添ってくれたり、温かい布で包み込んでくれたり。
だから、自由に考えることができた。
君にもそんな存在はある?

君は「君自身がセクシュアリティを受け入れられるだろうか?」と悩んでいる。
自分は「セクシュアリティが自分を受け入れてくれるだろうか?」と悩んでいる。

心の中に立った波は、徐々に大きな振動となり、僕らをこんな場所へ連れてきた。


2022年11月9日
Club with Sの日 第34回
Queerness特集1回目
テーマ『ノンバイナリーのセクシュアリティの揺らぎとは?』

本題に入る前に、ノンバイナリー関連作品の紹介タイム。
今回は映画『Dating Amber』(2020)
ジャンルは高校生の青春ドラマ。
舞台は1995年のアイルランドの田舎町。
主人公である二人の高校生、ゲイのエディとレズビアンのアンバーは、それぞれのセクシュアリティを隠すため、“恋人同士”のフリをすることに。
設定だけを聞いたら過去の閉鎖的な時代、遠く離れた国の話、と思ったかもしれない。
だけど、LGBTQ+差別的な今の日本社会を生きるQueerの僕らにとって、これはリアルタイムの出来事であり、映画の世界を生きる彼らこそ僕らの投影なのだ。

ずっと楽しみに待っていた本作。
Queerをテーマにした映画はできるだけ劇場で観たいと思っているので、早速公開初日に映画館へ。
本編が始まると、アンバーが自分すぎてびっくり。
喋り方、ファッション、PUNK好きの趣味、そして何より、“自分のような人が集まる街へ行きたい”という欲望。
愛すべきriot grrrlのまっすぐなきらめき。
映画館で出会えて良かった·····!!
アンバーのセリフ“f***ing patriarchy!!”は自分の口癖でもある(笑)

そしてなんと、アンバーを演じた俳優はノンバイナリーのLola Petticrew (they/them)
まさかの同い年だし、ここまで共通点があるとは……
特に気に入っていることは、(これは本人がインタビューやSNSの投稿で語っていることなのだけど)、映画出演によりアンバーとして過ごした経験が、Lola Petticrewにとって自分自身とじっくり向き合い、セクシュアリティについて深く考えるきっかけになった、ということだ。
役のキャラクターと共に悩み、共に成長した。
一人のQueerの若者にポジティブな変化をもたらした、その事実だけでも特筆に値する作品だ。
今こそ声を大にして言いたい。
アンバー最高!!!!!

省略されてきた自分たちの人生。
誰かのフリをすることでなかったことにしてきた個性。
それらを丁寧にすくい上げるどころか、石を投げつけることでQueerの物語の存在証明をする。
全シーンを抱きしめたくなるようなとびっきりの青春映画だ。

以前、Club with Sのミーティングで映画『Sing Street』(2016)を紹介させてもらった。
アイルランドが舞台というだけでなく、現状に息苦しさを感じている高校生の物語という点でも似ている作品だ。
もし『Sing Street』が好きなら、ぜひ劇場公開中の今のうちに『Dating Amber』を観に行ってみてね。

さて、アイデンティティについて葛藤する仲間の存在を見つけられたところで、本題へ。
セクシュアリティの揺らぎに直面した時、君は何を感じる?
どう行動する?

①相手の恋愛観を認識した上で話がしたい

恋愛というものに対して、多様な考え方に触れて、いろんな視点から見つめてみたいという好奇心は誰にでも起こり得るのかもしれない。
「自分の感覚はおかしいのだろうか……?」と気になっているときは特に。
心を開いている相手と、それぞれの個人的な体験を言語化しようと試みる際、前提となる価値観や定義を共有しておかないと、その先の話がスムーズに進まないだろう。
異性愛前提で考えている?
誰にでも性的欲求があると考えている?
誰もが恋愛感情を明確にできていると考えている?
相手に確認しておきたいよね。
それによってこちらの話す内容や表現も変わってくるし。
でも、どうやって聞き出したり判断したりすればよいのだろう?

②セクシュアルマイノリティのコミュニティがもっと開かれてほしい

いくら仲の良い友達でも、セクシュアリティについて語るのは難しいから、確実に話すことが許されるコミュニティに行きたくなってくる。
だけど、コミュニティは「自分はこれだ!!」と断定できた人が集まっているイメージで、「これかもしれないな……」と疑っている状態では参加するのに抵抗がある。
特定のアイデンティティに辿り着いた人たちが課題解決のために専念できる場は必要なので、全ての共同体がよりオープンになってほしいとは思わないし、そうである必要もないと思っているけど。
まだ迷っている人も歓迎している場合は、そのメッセージを積極的に発信してもらえたら嬉しいな。
逆に、すでに納得して所属している人でも今後揺らぎが生じたら突き放さず、仲間として共に変化を受け入れてほしい。
あるいは、大きなLGBTQ+コミュニティの中に、「セクシュアルマイノリティかもしれない」という人たちを受け入れるスペースがあったらいい。

③本やネット以外の情報を集めたい

居住地によって物理的に現地へ行けない人、経済的な理由で交通費や時間が確保できない人、健康上の理由で家の外で開催される場に参加するには抵抗がある人etc……
対面でのコミュニティ・スペースやLGBTQ+関連のイベントに参加したくても、様々な理由でできない人たちがいる。
マイノリティ性によりアクセスが限られている人たちは、工夫をしてきた。
最寄りの図書館で本を読んだり、当事者の体験談が綴られているブログを検索したり。
それでも個人でできることには限界があるから、他の手段を頼ってみたくなる。
ただ、安心して話ができる場所。
何かが“わかった”から説明するのではなく、“わからない”感覚そのものを吐露できる場所。
ありのままの自分を表現できるささやかな居場所をずっと求めている。

④マイノリティ当事者でない人とも話してみたい

セクシュアリティの流動性を感じるのはQueer当事者だけ?
セクシュアリティがスペクトラムであるなら、透明な状態からスタートして、パレットに色を足していけるみたいに。
「?→同性愛者だ」という過程を辿る人がいるなら
「?→異性愛者だ」という道に行き着く人だっているはずでは?
異性愛者の人のセクシュアリティに対する考え方を聞いてみたい。
「一度でも疑問に感じたことはある?」とか。
「これだ、と言い切れるようになったきっかけは?」とか。
アイデンティティに揺らぎを感じたエピソードはとても興味深いし、模索する様子には共感さえするかも。

⑤セクシュアリティの定義ににもっと柔軟性がほしい

個々のコミュニティに感じる敷居の高さも、同年代の人たちとの会話のテーマに持ち上げるためのプレッシャーも、結局はこの観念が影響しているのかもしれない。
“限定された一点”ではなく、“流動性や曖昧な状態を含む広がりを持つ空間”としてセクシュアリティを捉えることができたら。
僕らは日々変化する。
誰かと出会うことによって。
新たな知識や問題提起をしてくれるアートに触れることによって。
等身大のまなざしで世界を見つめることによって。
変化に伴い、セクシュアリティも揺れ動く。
この場に立ち止まってもいいし、より高い次元へと推し進めてもいい。
ぼやけた世界で、自分なりの哲学を確立しようと手を伸ばす行為はなんて美しいのだろう。
それこそQueerとしての自由の体現だ。
そんな自由に挑戦できる機会が、全ての若者たちに与えられますように。

器用に言語化できないことに不甲斐なさを感じながらも、かつて打ち明けたことのない繊細な感情を互いに灯し合う時間は、刺激に満ち溢れていた。
お付き合いくださったメンバーの方に深く感謝しています。


セクシュアリティの揺らぎを見つめることは

キラキラと輝く宝石を宝箱に閉じ込めることではなく
今にも消えそうな小さなキャンドルの灯を大切に守り抜くことだ。

夏の日差しに心を躍らせることではなく
秋の香りに愛着を抱くことだ。

自分の元へ偶然訪れた幸運に舞い上がることではなく
不意に聴こえてきた誰かの鼻歌にそっと微笑んでしまうことだ。

いつか振り返った時
輝かしい瞬間よりも、周縁化されがちな色や音や香りを含めた時間を思い起こし、「あれも一つの季節だった」と捉えられるように。
今は目の前のことで精一杯だけど
単純な喜びよりも、葛藤や名前の付けられない感情たちの複雑性を俯瞰し、「あれこそが今の自分を形成している」と受け入れられるように。

誰かが見逃してしまった小さな小さな変化の兆しを。
誰も知らない秘密を。
突然降りかかった出来事がもたらす誘惑に素直に従い、わざと深い森に迷い込もうと一歩を踏み出したとき。
自由という名の壮大な冒険はすでにはじまっているんだ。




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