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A Step You Can’t Take Back《Club with Sの日 第25回レポ》



──for anyone who’s ever been alone in the world


“I thought I was alone.”

最近ハマっているドラマシリーズ『Sense8』
映画『The Matrix』シリーズのクリエイターであり、トランスジェンダーであることをオープンにしているWachowski姉妹が監督しているから何の心配もない!!
ということで観始めたのだけど、すごい。
これは本当にすごい。
エピソード1から「Happy Pride♪」の言葉が飛び出して良い予感しかしない『Sense8』は、Queer当事者の俳優さんたちが出演し、Queerのキャラクターがたくさん登場し、性差別や同性愛嫌悪に対抗する社会的なメッセージもガンガン放たれる。
しかもジャンルはSF。
SF要素を空想的なものではなく、現実世界をよりリアルに描くための演出として扱っているから驚きだ。
特殊能力を持ったメンバーたちはみんな孤独で何かに追われている。
冒頭に書いた「一人だと思っていた」もセリフの一つ。
国籍も、今住んでいる地域も、職業も、経済力も、ジェンダーも、セクシュアリティも、特技も、それぞれ異なる。
ただ一つ、お互いに感覚を共有できる“感応者”という共通点がある。
あれ、これってもしかして……
マイノリティの僕らが日々行っている“連帯”じゃないか……!?
脚本、完璧。
編集、完璧。
Queernessの描き方、完璧。
感応者の一人・トランスジェンダーのNomiは特に危険な目にあうのだけど(現実世界でもそうだよね)、ロボトミー手術をされそうになり(これはコンバージョン・セラピーのメタファーに思えてくる)、他の感応者や同性の恋人と助け合いながら敵と戦っている。
自分が何より嬉しかったのは、Nomiがどれだけ愛されているか伝わってきたことだ。
作品内の世界はもちろん、製作者側が彼女をとても大切にしたいというメッセージが強烈に伝わってきて、だって、名言はいっつもNomiが言うんだよ(笑)、こっちは涙が止まらない。
まず、Queerのキャラクターがクリエイターから愛され(外→内)、そのキャラクターによるレプリゼンテーションによって鑑賞したマイノリティ当事者がパワーをもらう(内→外)、双方向の作用が成り立つ紛れもない傑作だ。
……とここまで書いて、まだ言いたいことの1/10も言えてない。
観てもらえればきっとこの気持ちに共感してもらえるはず!!
でも、本当に伝えたいことはシンプルだ。

“You are no longer just you.”


2022年4月13日
Club with Sの日 第25回
新生活応援スペシャル2回目
テーマ『ノンバイナリーにとっての生活の変化とは?《精神面》』

本題に入る前に、個人的な体験談を。
数日前、髪を切ってきた。
季節の変わり目でヘアスタイルを変える人や、校則・ルールのために指定の髪型にカットする人もいるだろう今の時期。
Club with Sの日でも何度かヘアスタイルについて語り合ってきたね。
その時は「美容師さんにジェンダー表現についてどう伝えるか」といった話が中心だった。
今回は、それ以前の予約段階でつまずいたエピソードについて。
カットの予約をしようとヘアサロン検索をする。
行きやすい距離にある美容室をクリックし、メニューの項目を探すと〈レディースカット〉〈メンズカット〉と書かれている。
むむむ……
そこは空きがなさそうなので、他の美容室のページを開く。
すると、また出てくる。
〈レディースカット〉〈メンズカット〉
ノ、ノンバイナリーは……???
性別によって料金が変わるし(基本、レディースカットの方が高い)、どちらかを選択しなきゃいけないのは困るな……
これ、〈ノンバイナリーカット〉を新しく作ればいい、とかいう単純な話ではないと思う。
背景を考えると
女性→髪が長いから時間やコストがかかる。ヘアスタイルのレパートリーが多く、細かいオーダーに対応するため、美容師さんの技術力が求められる。
男性→短いから短時間で済む。ヘアスタイルもシンプルで楽。
そこにはジェンダー規範がある。
もし自分がベリーショートの女性なら、「こんなに短いのに高い料金を払わなければならないのか」と疑問に思うだろうし、逆に、ロングヘアの男性なら、「こんなに長くてもメンズカット料金で済ませていいのだろうか」と心配になるかもしれない。
……と考え込んでいたら、いつまで経っても予約が取れない(笑)
シンプルに〈カット〉と表記されている美容室をなんとか探し出したけど、同時に見えにくい、でも身近に存在するジェンダー規範を見つけてしまったのでした、という話。

さて、前回のミーティングの振り返りから。
ミーティングで話を聴きながら自分なりに考えたことをメンバーの方がお話してくださった。
Club with Sの日の後にも扱ったテーマについて熟考したり、自分の経験を見つめ直していること、その事実だけで嬉しい。
ここは、“話すこと”以上に“聴くこと”を学べる場だ。
明確な解釈が見つかるまで時間がかかる場合や、他の方の話を聴いて物事の見方が変わることもあるので、これからもご自身のタイミングでお話してもらって大丈夫です。
何か語りたいことがあればいつでもご相談ください。

今回のテーマはとてもざっくりしているので、「アイデンティティをオープンにすること/しないこと」と「オープンにしやすい環境を整えること」に分けて考えたい。

前半は「アイデンティティをオープンにすること/しないこと」について。

ノンバイナリー当事者が新たな環境において困ってしまうのは、「カミングアウトするための心の準備が整わないこと」よりも、「意図せずカミングアウトしなければならないような状況に陥ってしまうこと」ではないだろうか。
例えば……

①自己紹介
名前が女性的/男性的な場合、勝手にミスジェンダリングされてしまう。
でも、「名前から女性or男性だと思ったかもしれませんが、自分はノンバイナリーです」と初対面の人たちに向かって言うことなどできない。

②トイレ・更衣室・ロッカールーム
前回の《環境面》でも取り上げた課題だけど、男女別に分かれた設備を利用することで、それがジェンダーの自己紹介になってしまう。
後々カミングアウトした時に、相手から「え、でも女子or男子トイレを使っていたよね?」と言われたらどうしよう。

③代名詞
会話の中で自分のことを「彼/彼女」を使って語られている時、日本語でなくても語学の授業中にジェンダー別の単語で話さなければならない時、違和感を抱えてしまう。
その都度訂正するわけにもいかないし、だからといって触れなければ「それでOKなんだ」と誤解される。

④服装
「なんでレディース/メンズの服を着ているの?」と聞かれたら?
女性だと認識されている場合→「体型を誤魔化せるオーバーサイズの服が好きだから」or「動きやすいから」
男性だと認識されている場合→「カラフルなデザインの服を着たいから」or「レディースの方がサイズ感が合っているから」

⑤髪型
「なんでショートカット/ロングヘアなの?」と聞かれたら?
女性だと認識されている場合→「ショートの方がセットが楽だから」or「短い方が似合うから」
男性だと認識されている場合→「好きなアーティストの髪型に憧れて」or「カットするのが面倒くさいだけだよ」

困ったことに、ピンチは突発的にやってくる。
「明日、ジェンダーに関する話を振るから、ジェンダー・アイデンティティとジェンダー表現について、自分の言葉で説明できるように準備しておいてね」なんて誰も予告してくれない。
まるで抜き打ちテストだ。
いや、まだ抜き打ちテストの方がいいかもしれない。
過去問があったり、先輩から情報を得ていたり、それなりに対策ができる。
でも、ノンバイナリー当事者の経験談はあまりにも少ない。
こんなコミュニティにでも出合わないかぎり。

環境の変化に対するストレスのケアをしたり、カミングアウトのタイミングを落ち着いて考えたりしたかったのに、知り合ったばかりの相手から放たれるセンシティブな問いかけに混乱したり、即時的な対応に追われたり、そんな中でも友好的な関係を築かなければ、と焦ったり。
そして、思う。
自分はここでやっていけるだろうか……?
それでも──

困難だけじゃない。希望もちゃんとある。
「自分のアイデンティティを尊重しながら興味のある分野を学べるような、新たな専門領域を開拓していきたい」
「ジェンダーに関する課題にぶつかったことで、好きなこと・得意なこと以外の基準で客観的に進路を考えられるようになった」
……すごすぎでは!!!???
専攻や進路において、ジェンダーを理由に選択肢が狭まったり冷静な判断ができなくなってしまうことについて、自分なら怒りや不安に対処しきれず、とことん悲観的になってしまうと思うのだが、メンバーの皆さんは状況に対して傷付きながらも前向きに捉える工夫をしていて、尊敬せずにはいられない。
新年度一番の、素敵な考え方との出会いは、Club with Sの日に訪れました。

後半は「オープンにしやすい環境を整えること」について。

物理的には……

①LGBTQ+コミュニティの利用
LGBTQ+関連の活動を行なっている団体やサークルに参加してみる。
実際に入部しなくても、そこで活動しているような同世代の子たちなら仲良くなりやすいかも。

②相手の発言に注目
まずは、相手がジェンダーやセクシュアリティについて自然と話題に出してくれるような人かどうか(関心のある人かどうか)判断する。
次に、その発言に同性愛嫌悪やトランスジェンダー嫌悪を感じないか確かめてみる。
さらに、「大丈夫かも」と思えたら、少しずつ自分のパーソナルな部分をオープンにしていく。
いきなりカミングアウトする必要はないよ。
「実は、ジェンダー・アイデンティティについて自分なりに考えていて……」みたいなきっかけでもいいかもしれない。
その後の相手の反応で、もう少しオープンにしてもいいかどうか自分の心と相談しよう。

精神的には……

①相談室やカウンセリングの利用
ただでさえ新たな環境に戸惑っているのに、Queer特有のストレス“マイノリティストレス”も合わさって、精神的に不調を感じる人もいるはず。
少しでも負担を感じたら、メンタルヘルスを優先しよう。
マイノリティとして勇敢に行動することとヘルスケアは並行して行うべきだ。

②休息の確保
「まだ新生活が始まったばかりだし……」
「新人で何か大きなプロジェクトを抱えているわけでもないし……」
とストレスを過小評価していないだろうか?
最も恐れていることは、不安や抑うつを感じることではなく、今感じているそれらを無視した結果、後々取り返しがつかないほど膨れ上がってしまうことだ。
一人でゆっくりと過ごせる時間を確保しよう。
少しでも困難を感じたら、Queerの仲間と共有したり、信頼できる人に打ち明けたりして、心身の負担を軽減しよう。

シスジェンダーやバイナリー、異性愛規範を強制してくる非言語によるメッセージ。
何かを語ることではなく、何も語らないことによって、存在を無価値化する雰囲気。
環境によるコンバージョン・セラピー。
無言の圧力によってもたらされた疎外感、孤立感。

それらを経験しているQueerの若者はひとりじゃない。
そうでなかったら、今回のミーティングは成立しなかったはずだから。
いろんな事情があって参加できなかった人たちもいるだろう。
だから、見えにくいけど、確かに存在しているんだ。
日常生活で疲労しきった後に残されたわずかなエネルギーを、自己への攻撃に向けるのではなく、できたら、もっと広い世界に目を向けるチャンスとして使ってほしい。
そこで、僕らは待っている。


最後に、コンバージョン・セラピーに関するニュースについて。
イギリスで議論されているコンバージョン・セラピー(転向療法)禁止法案の情報を見聞きした人もいるかもしれない。
とても参考になる記事→『トランス女性が女子トイレを使うのをどう思う? エマ・ワトソンの回答が英国で拡散している理由』
3月、イギリス政府が同性愛者やバイセクシュアルの人たちの性的指向を変えようとする治療を禁止する法案を発表したが、そこにトランスジェンダーの人たちを含めなかったことが大きな問題となっている。
社会でのトランスジェンダー排除や、Queerコミュニティの中でのLGBとTの分断を煽る行為だ。
自分と関係のある事柄だから知っておきたいのに、調べて出てくる情報は悲しくなるものばかり。
そんな時、あるツイートが流れてきた。
https://twitter.com/JayneOzanne/status/1513256334027862020?s=20&t=iO5TxF9oKSRoz5VObO3kHw
イギリスでの抗議デモの動画だ。
一面を埋め尽くすピンクと水色のトランスジェンダー・フラッグ。
“PROTECT TRANS YOUTH”
“KEEP TRANS IN THE BAN”
“Fight for LGBT+ liberation”
様々なプラカードを掲げ、必死で訴えている、数え切れないほど多くの人たち。
感動してしまった。
こんなことで感動していいのかわからないけれど。
SFの世界だけではなく、現実世界でも僕らは共に声を上げ、闘うことができる。
今、この瞬間もQueerの権利のために闘ってくれている人たちがいる。
言語の壁を超え、映像が映し出したメッセージ。
それは自分にパワーをくれた。
世界中にいる仲間とつながるためのパワーだ。

LGB with the T

僕らはもう知っている。

We are no longer just us.






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