#3【オンラインに慣れて 触感を守って】

『コロナ後の世界には』何があってほしくて、どうすれば皆が楽しく暮らせるのか、一つずつ自分の望みを書いていきたいと思います。触れ合いたい。

令和のオンライン化

「どうしようもない事情」の力はすごい。直接会いに行かないと失礼だなんて言っていたのに、いま何の悪気もなくオンラインミーティングなどしている。政府の諮問会議から恋人同士のデートに至るまで、画面越しに成立する時代だ。

日本だけじゃないかもしれないが、昔から「日本人は何か起きてからじゃないと行動しない」と言われてきた。一部の識者がいくら懸命に問題を訴えていてもだ。リスクを予め察知して減殺していく、そうした行動様式をそろそろ身に付けないと、これからも何人もの命が失われていくだろう。

ご多分に漏れず今回もコロナ禍の中での相当な混乱という代償を払って、日本社会はなんとかオンライン化を果たした。テレワークをこれまで一度もやったことのない人々が、曲がりなりにも経験者となったのは大きい。これからはその経験をもとに、オンラインを無批判に持ち上げるのではなく、リアルとのうまい塩梅を見つけていかなくてはならないだろう。

オンライン化を果たした日本社会だが、そんな社会の激変に多くの人間が取り残されてしまったのもまた事実だ。マイナンバーカードを使った申請では、パスワードを忘れた自分に憤慨する市民や自分の作業をオンライン化し忘れた役所の人が続出した。

社会が語られるとき、決してそれは全構成員のことを指してはいない。未だ取り残されているオンライン難民を包摂していかないとせっかくの効果も半減だ。とりあえず行政府と老人が二大関門となる。バリバリやっていこう。

触れ合いは不要か

一方で、リアルの価値を忘れてほしくないとも思う。自粛生活に慣れてしまい、ともすれば久々に人と会うことそれ自体に億劫になってしまっている人もいるのではないか。ごく親しい一部の友人を除けば、わざわざ”直接”会いたい等という感情は随分と遠くのものになってしまった。

それでも思い出してほしい。あの同じ空間にいることの喜びを。
ふとした出来事に同じ思いを抱いたことを笑い合う瞬間や、相手の思い詰めた顔から伝わる感情や、言葉を何も発さなくても不思議と安心する距離感といった、様々な体験がそこにはあった。

さらに手を伸ばせば、触れるその温もり、伝わる衝撃、時には驚くような冷たさを、私たちは大切な世界の一部として感じ取ってきたはず。諦める気はまだ早い。失われた感覚と、世界の一部は、取り戻さなければならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?