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娘と私の奮闘記①

ーはじめにー

昨年の10月半ばに思わぬ試練が訪れ、今日に至るまで娘と共に奮闘してきた半年間。

思い悩みや葛藤、時にはもどかしさで苛立ちを感じてしまったり…

過去の経緯も含め、半年間に渡っての出来事を赤裸々に綴りたいと思います。

今から遡る事5年前

日常を過ごす中である時、ふと自身に対して違和感や疑問が芽生え出したのは今からちょうど5年前。

当時は中学2年生。思春期真っ只中だった娘は自身の思いに即座に向き合う事が出来ず、5年間ずっと蓋をしたまま過ごしてしまう事に。

学校生活は人並みに楽しく過ごせてはいたもの、時折頭痛や体のだるさを訴え、学校を欠席をする事があり、今思えばその頃からもう既に前兆があったんだなと改めて痛感しています。

美術専攻の高校に進学

中学の時から美術に携わっていた娘は美術専攻の高校に入学。

高校入学後は欠席どころか休みを返上して絵に没頭する日々を過ごし、活躍の場が見る見ると増え出して周りから評価される事もしばしば。
傍から見れば、とても順風満帆な高校生活でした。
けれど娘自身、喜びや優越感を感じながらも心の片隅ではずっと苦しみを抱えたまま。
苦しみに蓋をしながら無我夢中で頑張っていました。

娘がSOSを発信

高校3年生になり、大学受験が刻々と迫ってきている中、2学期の中間テストの中日辺りにとうとう限界がきてしまい、積もりに積もっていたものが一気に爆発するという事態を招く事に。

もう学校に行けない。本当にしんどい。マジで無理。本当にごめんなさい。

中間テストを終えた翌週の朝、家から送り出した直後に娘から届いた一通のLINE。

これはただ事じゃない!

そう感じた私は「今すぐ帰っておいで」と即座に返信。
涙ながらに帰宅してきた娘が最初に放った一言、それは「精神科に行きたい」という予期せぬ言葉でした。

それからの娘は自分でもどう身動きをとっていいのか分からず、心と身体のバランスが上手く取れなくなってしまい、これまで当たり前にしてきていた事が全く出来ない状態に…

「心が風邪を引いてしまったんだね」

「ひたすら無我夢中で頑張ってきたから
今は思う存分、自分を労わなきゃね」

周りの方々から心温まる言葉を沢山もらい、その言葉がどれだけ心強くてありがたかったか…
娘自身にもそれは重々伝わってはいたもの、中々すぐに元通りというわけにはいかず、5年間ずっと悩み抱えていたものの大きさがどれだけ計り知れないか、ただただ痛感させられるばかりでした。

自分はひょっとしたら精神発達障害を抱えているのではないか…

5年間、娘は自身の中でそういった思いを抱き、ずっとひた隠しにしていたようで側に居ながらその事に全く気が付いてあげられなかった事に私自身、罪悪感でいっぱいになり、これからどう向き合っていくべきか…
戸惑い、不安、自己嫌悪が頭の中でぐるぐると駆け巡る中、それ以上に今は娘のために自分がしっかりしなきゃ!そんな思いでいっぱいでした。

確信に迫る方向へいざ行動開始!

まずは真相を明らかにする事から始めようとネットであれこれ調べ、五つ星のお墨付きがある某クリニックを見つけ、心理カウンセリングを受ける事に。

カウンセリングは約2時間に渡って行われ、その間私は外で待機していたのですが

心の内をちゃんと吐き出せてるかな…

どんな表情で帰ってくるのかな…

期待と不安で胸が締め付けられる思いでいっぱいでした。

カウンセリングを終え、帰ってきた娘の表情はとても清々しく、心の内を存分に吐き出せた事で気持ちが随分と楽になったようで帰りの車内では「ありがとう!ありがとう!」と何度もお礼を言ってくれて娘の姿に心理カウンセリングを受ける事を思い切って実行して本当に良かったと心からそう思いました。

けれど、娘自身が根本に抱いている精神発達障害への疑いに関しては心理カウンセリングを受けるだけでは確かな真相は掴めず、カウンセラーの方からも病院での受診を勧められ、病院を紹介してもらう事を前提に市の相談センターへ。

娘は作業療法士の方と、私は相談員の方とそれぞれ別室で心境を話し、当時は私自身も煮詰まっていたので相談員の方と話をする事で気持ちが楽になり、自身がカウンセリングを受けているような感覚になりました。

受診する病院が決まり、それからは診察や二度に渡っての心理検査と確信に迫る方向へ着々と進み、検査の結果、精神発達障害の判定が下される事はなかったのですが、自己評価が異常に低い事、そして起立性調節障害の傾向がある事が判明。

血圧を上げる薬を朝、晩と服用し、様子を見ながら過ごす日々が始まり、少しずつ学校にも行けるようにはなったもの、完全に元通りになるには中々至らず、浮き沈みの激しさにその都度対応しながらも私自身、もどかしさで苛立ちを感じてしまう事もしばしば…といった状態でした。

そのうち教科の単位も危うい状態に差し掛かり、せめて高校だけは何とか卒業出来たら…
そう願う一心で単位が危うい教科がある曜日は休まず学校へ行くようサポートし、娘も頑張って学校へ行ってくれておかげさまで単位は無事全教科クリア。

正式に卒業決定が下された時は肩の荷が一気におりて卒業後の進路に関しては心と身体の状態を見ながらゆっくり考えていけばいい。
娘が心身共に健康で元気に過ごす事が出来ればそれだけで充分!

私自身、そう思っていたのですが、娘は自身で葛藤を抱きながらも気持ちは大学受験へと向かっていて娘が自ら大学受験を志した事に内心驚きを感じながらもそれ以上に全力で応援したい気持ちでいっぱいになり、娘の思いに寄り添い、とことん向き合って行こう!と私も覚悟を決めました。

ー第2弾へ続くー

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。話はまだまだ続きますので第2弾も読んでいただけると大変ありがたいです🙇‍♀️

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