初めての言葉
初めのころから心配だったのが、月夜があまりにも泣かないことだった。
病院でも泣かない子と言う伝説が出来るくらいに 泣かない子なのだ。流石に夜中にお腹をすかせたりオムツの交換などで少し泣くくらいで大泣きするほどの泣き声は聞いたことがない。
白夜の時は凄かったから、月夜も覚悟していたのに拍子抜けするくらい泣かない子と言う。妻にも聞いたが この子静かなのよ~って呑気なものだ。
だが俺の心配を余所に 月夜はすくすくと成長していった。
月夜が生まれて5か月経った頃 寝返りが出来るようになり、9か月頃にはしっかりハイハイが出来るように。これは近いうちつかまり立ちして一人で歩きだすんだろうなぁと思っていたのだが。10か月になっても11か月になっても月夜はつかまり立ちすらする気配がなく、遅くても1歳半になったら歩き出すという記事を前見た記憶があるから少しだけの心配で済んでいた。
だが言葉も発しないの問題もあり流石に少し心配になった。
月夜は1歳半を迎えても歩く事をしなかった。勿論言葉も一言も発することがなかった。流石に心配になり白夜が学校に行っている間に妻と月夜を連れて友達が院長を務めている病院へ車を走らせる。
塩椎天照(しおつち てんしょう)と言って、父親が内科の医者で、天照は小児科の医者、母親は看護婦長を務め、姉は理学療法士の資格を持つ整形外科医である。医療従事者の家系である。
塩椎総合病院へ着いて受付を済ませ、小児科がある棟へ
向かっている途中、天照と出くわし詳しい話をしてみたら1歳半だからと言う事でレントゲン撮影をしてみてみると足はきちんと動かせるだけ筋肉もついてるし大丈夫と。骨にも異常は見られず 「月夜くんだったけ?大丈夫だよ。歩く意志があるなら立つ練習をして歩いてみようか」「ねっ!」と天照はまだ言葉も話さない月夜に話しかけている。
不思議そうに見ている俺に天照は、「たぶんだけど、月夜くん俺たちが話してる内容とか解ってると思う」と言う言葉に内心「えっ」と思った。
確かに 俺にも思い当たる節がある。まだダメだよと言う言葉の前に「あぁ~~」と声を出したけで やっちゃいけない と認識したかのようにその行動を止める事を何度も目の当たりにしてきた。そしてつい先日、今まで目もくれなかった本を見る姿を思い出す。しかも絵本とかではなく 俺でも読むか?と言われれば読まないと言わんばかりの哲学書をペラペラと捲りながら眺めている姿を思い出すと。月夜は理解出来ているのかもと。ただ発音が儘ならないのではと なんとなくだが腑に落ちた。
天照に今更ながらな質問を投げかけられた。「誰か家族の中で月夜くんと会話している人はいるかい?」と「赤ちゃんや子供は話しかけてあげないと発音することは難しいのだよ。音を拾ってそれを言葉にして返すから喋れるようになるのに。誰も話しかけてないなら喋れなくてもなんらおかしなことではないよ。阿須波、肝心なところでお前も抜けてるよな。( *¯ ꒳¯*)ハハハ」と あぁぁぁしくじったぁ~。今までなんで気づかなかったんだろう。きっと皆気づいてない!手始めは俺から声をかけるべきかと悩んでいた時期もあったさ・・・・
なんと月夜の喋れない、立てない、歩けないを解決したのは家族の誰でもなく天照であった事になんか釈然とせず。
月夜は天照に話しかけられたことが嬉しかったようで終始笑顔で居ると、天照が月夜にまた話しかけている場面に遭遇した。俺たちは月夜の口から発せられる初めての言葉を聞いて少ししょんぼりもしたのだ。「てんてーあぃあとー」と。可愛い月夜は天照に感謝を述べたのが初めての言葉になった。