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正論が正しいとは限らない理由|なぜ正論を振りかざす人がいるのか
テンです。どうも。
自分の身の回りに正論を振りかざす人っていませんか?
今までの人生で、そんな感じの人に何人か会ったことがあるのですが、論理的に考える人に特に多くいるように感じます。(知らんけどw)
正論ばかり言う人の心理は分かりませんが、「正論を言って何が悪い」と考えているのかもしれません。
そう言われてみると、正論を言う事の何が悪いのか、ぱっと答えが出てこないので、ちょっと考えてみました。
理由① 言っていることは正しいが、それを言うのは正しくない
私が思いついた理由の1つ目は「言っていることが正しいが、それを言うのは正しくない」と言うことです。
これは、正論が人を傷つける場面を想像すれば分かりやすいと思います。
例えば、会社で上司を含めてグループで会話している最中に上司が間違った知識で歴史上の出来事を自慢げに話していたとします。
しかし、そこで上司に向かって、「その歴史上の知識は間違っている」と指摘する事は本当に正しいことなのでしょうか?
歴史上の知識が間違っていると、正論を振りかざしても、上司のメンツが潰れるだけで、特に何のメリットもありません。(嫌いな上司のメンツを潰したいのなら別ですがw)
それよりも、上司との人間関係を良好に保つために、言わない方がこの場においては正しいのではないのでしょうか?
つまり、ここでは「正論を言うことの利益<正論を言わないことの利益」となります。
これが、正論を言うことが良くないことの理由の1つと考えられます。
理由②正論は立場によっていくらでも異なる
正論を振りかざす人は、大抵正しい答えは1つだけだと思っていますが実際、正論というのは1つだけではありません。
例えば、この経済社会において私のように少ないコストで暮らしていることは、消費を抑制して経済成長を阻害していると考える人もいるでしょう。
確かに、多くの人が私のように少ないコストで暮らせば、消費が抑制され、経済が回らなくなっていくことも考えられます。
そう考えると、消費の抑制を促進するような私の活動は社会に反するものだと言う事は正論であるとも考えられます。
しかし、これは経済社会の側面から見た考え方であって、個人的な生活の側面から見れば正論はまた異なってきます。
個人的な生活の側面から見れば、消費を促進して経済を成長させるよりも、消費を抑制して、幸せな生活が得られるなら、そちらを優先する事は正論でしょう。(例えば、働く時間を減らして給料が減ることにより消費活動が少なくなっても、家族との時間を増やすことができれば、幸福な場合など)
このように、少ないコストで暮らすことの是非についても、経済社会的な立場か個人的な立場かで正論は異なります。
ここを見落としてしまうと、「正論を言って何が悪い」と考えてしまうかも知れませんね。
正論が正しいとは限らない理由のまとめ
正論であっても場合によっては、その正論を言うことが正しくなかったり
立場によって正論はいくらでも異なります。
この点を意識していると
「論理が正しいことが全てではない」ことや「なぜ正論で人は動かないのか」も分かってくると思います。
正論を振りかざす相手にあった場合は、もこの点を理解しておくと、どこかで役に立つかもしれませんね。←役に立つのか?w
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この記事は完全無償で書いているので 清々しいほど儲かりません。(笑) よっかたらお茶でも奢って貰えませんか?.......なんてw