ゲームばかりしていると馬鹿になる6

「はじめまして、瀬名アラタです」
 僕が名乗った瞬間に、彼は世界が止まった、みたいな様子で身をこわばらせた。
「せな、あらた、くん」
 僕はと言えば、個人的には大好きなシナリオライターである、関ユキノリさんに会えたという喜びでいっぱいで、彼がそんな反応を示したことが不思議だった。
「あら? 知り合いだったの?」
 僕の勤めるゲームメーカーの社長である、大原ユウコさんも不審げに関さんを見上げる。関さんはユウコさんの元旦那さんだ。ふたりの間には、ソウタくんという息子がいるが、離婚によって関さんのもとに彼は身を寄せていた。つまり、ユウコさんは親権を持っていない。

 某大手ゲームメーカーから新しいプロジェクトをユウコさんがうまくかすめとってきて、その開発プロジェクトの顔合わせの時のことだった。
 ユウコさんは元夫である関さんの名前をいいようにつかい、彼に仕事を頼んでいた。踏み台にされていることを、賢い関さんはわかっていただろう。彼は優しいひとなので、元妻のそういうエゴを受け入れていたし、何より息子さんのためにも、表面的には彼女と友好的でいなければいけなかった。
 そんな人間関係の裏の事情など、入社当時の僕、瀬名アラタは全く知らなかった。ただ、好きなゲームの仕事に就けて、憧れのシナリオライターと仕事ができる。それがうれしくてならなかった。

 今思えば、無邪気だったなあ、という気持ちでいっぱいになる。

 その後の飲み会や、ちょっとした雑談で、彼らの関係について僕は知ることになる。
 僕は社長のユウコさんはあまり好きなタイプの人間ではなかった。でも、他のスタッフが優秀かつ性格的にとても僕にはやりやすい相手だったので、彼女がたまにオフィスにやってきて社長ヅラをしても別に構わなかった。
 何より、一部のゲームファンの間で人気を誇る関ユキノリというひとを、元妻という特権だけで弊社のプロジェクトに引き込んでくる厚顔さがありがたいくらいだった。

「関さんは、社長の元旦那さんなんですね」
 なにげなく、ほんとうになにげなく訊いた時、そこは会社の近くのファミレスで、僕と関さんは遅めの夕飯をとっていた。
 僕はいちおうゲームプランナーで、彼はシナリオライターだったので、ゲームの世界観の共有やシステムの落とし込みなどについて、密に話す間柄だった。だから必然、親しくなったし、食事もよく一緒に行くようになったのだ。

 そして当時の僕は幼かったから、屈託なく彼に質問した。今にしてみれば、プライベートに踏み込むような話題はよろしくないと理解しているが、当時の僕は関さんについて知りたくてたまらなかったのだ。
 だって、好きだったので。恋愛対象として。
 彼の書くシナリオのファンだった。絶対本人には言わないけれど。
 そして実際に彼と会って、好きだと思った。雰囲気とか話し方、あとはちょっとふわっとした風情の顔とか。
 それから、声。
 
 僕は子供の頃に母親が死んで、しかもあんな死に方だったので、どこか女の人が苦手だ。社長のユウコさんが苦手なのは、どこかうちの母親に似ている印象があるからだろう。
 そんなユウコさんの元夫が関さん。

『うちの元旦那、ゲイなんだよね』
 自慢なのかなんなのか、彼女は彼の性的指向をへいきで他人に明かす。
(アウティングについての最低限のマナーとか知らないのかね、このひと)
 僕が彼女を(心の中で)蔑むようになるまで時間はかからなかった。表面には出していないはずだけれど、土田さんや三浦くん、開発メンバーの何人かは気づいているかもしれない。でもきっと、面白がられている。
 ユウコさんのお気に入りの僕が、ユウコさんを好いていないのだから。

「関さんは、社長の元旦那さんなんですね」
 僕は知っているくせに、関さん本人に尋ねた。関さんがどう答えるかに興味があった。
「あいつまた余計なことを言って回ってる?」
 僕は少し考え、うなずいた。関さんは苦笑し、食べ終わった食器をテーブルの通路側にきちんと寄せてから、コーヒーを飲んだ。
「仕事におかしな感情は持ち込まないから安心していいよ」
「おかしな感情って、関さんの恋愛対象が同性だから言ってますか? でもそれおかしいでしょ、男女なら職場恋愛が当たり前ってわけじゃないし」
「そうだね」

 今日は関さんの息子は、社長の家で過ごす日。僕は知っていて、関さんを誘ったのだ。メシに行きませんか。
「それで言うなら、僕はおかしな感情持ち込んでますよ。なんでだかわかんないけど、関さんと話してると安心する」
 僕の半分告白じみたことばに、関さんは目をまるくした。ああ、そういう表情するんだ、カルトゲームファンが喜んじゃうようなシナリオ書くくせに。関係ないか。関係ないな。
「うーん」
 関さんはしばらく黙り込み、そして口を開いた。

「君の名前は、瀬名アラタくん」
「はい」
「子供の頃、お母さんはネトゲに熱中していた」
 僕は驚き、息をのんだ。なんで? なんで関さんがそんなことを知ってるんだ。
「お母さんは君とふたりで家にいるとき、ゲームをやっていて、そのとき君は大けがをした。お母さんは動転して泣くばかりで」
「母親とボイチャしてたひとが救急車を呼んでくれました。口蓋外傷。下手したら脳につながる血管や神経を傷めるんだよって、母親に医者が説教したけど、泣くばかりでしたね」
 おかげで僕は、病院では、泣くこともできなかった。どこか白けた気持ちで、母親を見ていた気がする。

「たぶんそれ、僕だよ」

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