不老不死じゃない

僕が遅くに帰宅すると、妻はだいたいゲームをしている。毎日12時間以上はログインしているようなので、相当だ。酷い時には18時間だったらしい。
まぁ、そのことに不満はない。僕も廃手前レベルにゲームをしていた時期があったし、ネトゲに没頭していた時もあった。妻も同じネトゲをやっていたが、たぶん、かけられる時間が長い分だけ彼女の方がゲームでは『上』だったと思う。装備のスペックとか、キャラのステータスとか、人脈とか。

風呂に入って、用意された食事(レトルト混ざりだけど、まあ不満はない)を食べ、ビール一本を飲んで僕は眠りにつく。いつものルーチンだ。その間も妻はネトゲをしている。ネトゲ友達とボイチャをし、高難易度レイドに行き、採取や生産に明け暮れている。その積み重ねがネトゲは大事だから。でも、次のゲームに移ったらレベル1からなんだけどね。ネトゲを転々とするプレイヤーは、そこからまたたくさんの時間をかけて、自分の分身を育てる。

元気だなあと僕は彼女のことを思う。在宅のWebの仕事をしながら、ずっとゲームをしている。ソーシャルゲーム、コンシューマーゲーム、MMO RPG。その熱意と体力はすごい。僕は自分の仕事と生活にいっぱいいっぱいだから、隙間時間にせいぜいソシャゲをするくらいだ。

「そういえばあのババアがさぁ」
以前やっていたオンラインゲームで知り合った人のことだ。僕もそのころは一緒にゲームをしていたので、相手の人となりは知っている。妻がいまだに大学生みたいな生活ルーティンで、在宅の仕事で、視野の狭さに気づいていないひとなので、僕はその、年上の人に頼んだのだ。
──妻と一緒にお茶してくれませんか。
快諾してくれた。暑い中、わざわざ都心まで来てくれて、落ち着いた茶房でかき氷とお茶をおごってくれた。おみやげももらった。果汁がみっしりはいったチョコレート。

「あのババア、友達がいないからひまなんだろうね、匿名掲示板にうちらのこと書いててさぁ」
僕は妻の交友範囲を考えてみる。友達の定義について考えてみる。彼女がババアと揶揄する人は、創作活動もしていて、さらにアーティストのライブにもしょっちゅう行っている。ひまだろうか、はたして。
うちら、というのはたぶん、前のゲームで一緒だったブロガーのことだ。彼も一緒に同じゲームをしているらしい。
「それTwitterでも言ってたでしょ、やめときなよ、せめて鍵かけな」
「大丈夫、ババアブロックしてあるし」
ブロックって、ログインしてなきゃ何の意味もないよなあ。ビールを飲む僕の横で、「ババア」をひとしきりくさして、妻はネトゲに戻って行った。

「固定にいるクチャラーがくそうざいけど仕方ない。あと語尾に変な言葉つけるババアもうぜえ」
なんでそんな、たくさん不満を抱きながら、妻はゲームをしてるんだろう。もともと妻はどんなゲームをしていても不満点ばかりあげつらう人だ。それは、対象が映画でもアニメでもマンガでも、人間であっても変わらない。
僕は飲み終えた缶を綺麗に洗って、ゴミ箱に入れた。
そしてひんやりしたベッドに入って、スマホのソシャゲを起動する。どうせローディング中に寝落ちするので、起動するだけともいえる。

不満ばかり言ってて、時間が経過したら、自分だってババアになるって、わかってるのかなあ。
──だってきみは、不老不死じゃないじゃないか、ゲームの中のキャラと違って。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?