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2021年4月 読書リレー

 例のあれがまったく収まらず、緊急事あれそれがまた各地で出たり伸びたりして、本当に大変な世界です。最近は分厚い単行本「鈍器本」というのが流行ってるらしいですね。ニュース動画が回ってきて、見てたら「女性におすすめの鈍器本」というパワーワードが飛び出してて笑いました。
 書き出して気づいたんですけど、先月読んだのはなんかめちゃくちゃジャンル散らかってますね。どれもおもしろかったのでまったく問題はないです。

福田智弘『深夜薬局 歌舞伎町26時、いつもの薬剤師がここにいます』

2021年、小学館集英社プロダクション
https://books.shopro.co.jp/?contents=9784796878173

 本屋で新刊コーナーに面陳されてて知った本。実際の街は通り抜けたこと(しかも午前中)しかないのですが、歌舞伎町を舞台にした創作を友人と始めてから、本屋で「歌舞伎町」「夜の街」「ホスト」といったワードに過剰に反応してしまう体になってしまいました。またそういうルポは大抵おもしろいから困るんだよな。
 日本一の歓楽街・歌舞伎町のまっただ中、花道通り北側の一角。「夜の店」に囲まれて、ひっそりと営業している「ニュクス薬局」。「ニュクス」とはギリシャ神話の夜の女神のことで、営業時間は夜8時から翌朝9時まで。一般的なサラリーマンや主婦だけでなく、いわゆる「夜の仕事」をしている人たちが、出勤前やお店の閉まる頃に駆け込んでくる薬局。ついた異名が「歌舞伎町の保健室」あるいは、「深夜薬局」。
 この本は、そのニュクス薬局をたったひとりで切り盛りする薬剤師・中沢宏昭さんの、開業するまでの経緯や来店する人たちの物語を追っています。
 朝6時過ぎに出勤して夕方に帰る身としては、本当に別世界の話で、ものすごく興味深かったです。歌舞伎町のまっただ中に、しかもそのネオンのきらめく最中に薬局があるなんて思ってもなくて、でも読み進めていくうちに、この薬局が歌舞伎町で生きる人たちにとってとても重要な場所なんだなあということが分かります。
 もちろん普通の薬局と同じで、処方箋を持って来店するお客さんもいるのですが、そういった人たちばかりではなく、出勤前に栄養ドリンクを飲みにきたり、ただただ中沢さんに話を聞いてもらうためにきたり、いろいろなお客さんがいます。まさに「保健室」ですよね。中沢さんは基本的に、アドバイスや説教をするのではなく、ただ聴いて、共感してくれる。
友達や親、他の人には言えないようなことも、中沢さんには相談できる。そんな不思議な魅力があるそうです。
 曰く、歌舞伎町は良くも悪くも「ムラ」社会だそうで、ニュクス薬局はお客さんの間でどんどん口コミによって広がり、また信頼されていったのだそうです。一見この街に場違いなような薬局が、次第に溶け込み、浸透し、ネオンの一部になっている。逆に異質な場所だからこそ、「夜の仕事」の人たちも、仮面や兜を外して安らげる「居場所」になったのかもしれません。
 余談ですが「ニュクス薬局」で調べようとしたら、予測変換に「ニュクス薬局 事件」って出てきてだいぶ動揺しました。どうも数年前、営業中に中沢さんが過労で倒れたことがあるようです。本当にご自愛くださいと恐縮ながら心配しています。

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中村徹著、Yunosuke絵『悪魔の辞典』

2018年、遊泳舎
http://yueisha.net/books/9784909842008/

 装丁が可愛かったのと、元ネタのアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』の項目をいくつかは読んで知っていたので気になった本。
 世の中のさまざまな事柄を、皮肉たっぷりに再定義して辞典風に編纂している本。元ネタのビアスの方は1911年に発表されたのですが、これは2018年、「スマートフォン」「インターネット」「セクシャルマイノリティ」など現代的な語も数多い、つまりは現代に蘇った『悪魔の辞典』です。
 中には本当に捻くれてるだけだなと思うような解釈も多いのですが、時々ふふってなるようなブラックユーモアが散りばめられています。とりあえず政治家嫌いなのは分かった。
 挿絵もいい感じにゆるくて、かんなり鋭いギザギザハートみたいな言い回しのいい対比というか箸休めというか。
 こういう皮肉やブラックユーモアは一言シンプルでバッサリ切るのがおもしろいですよね。アメリカンジョークとかもそう。ツッコミもあんまり説明的にダラダラ続けるのは倦厭されますし。いやまあそれは僕の好みがそうなだけなのかもしれませんが。
 個人的には「吊り革」「いびき」「猫」あたりが好き。あと最後の「ワンルームマンション」が膝叩くくらいに好きですね。きれいに〆られていらっしゃる。

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阿佐ヶ谷姉妹『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』

2020年(2018年初出)、幻冬舎文庫
https://www.gentosha.co.jp/book/b11797.html

 友人に「Kindleで百何十円セールしてたから読んだ、めちゃくちゃ良かったから機会があったら読んでくれ」と勧められた本。
 6年間、六畳一間に二人で住んでいた40代・独身・女芸人の「阿佐ヶ谷姉妹」である渡辺江里子さん(姉)、木村美穂さん(妹)が交互に書いている、二人の日常を綴ったエッセイです。中には二人が初めて執筆したという書き下ろし恋愛小説「3月のハシビロコウ」「ふきのとうはまだ咲かない」が収録されています。あとたぶん皆さんご存じでしょうが一応言っておくと、二人は本当に姉妹なのではなく顔が似てるだけらしいです。
 阿佐ヶ谷姉妹は「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で見て元々好きだったんですが、読んでもっと好きになりました。ゆるい。文句を言ってても、人がいい。まさに「のほほん」とした生活を綴ったエッセイです。
 端から端まで生活感が迸っていて、キッチンのふきんをめぐる対立、体操教室カーブスに通う話、白髪染めと普段通っている美容院の話など、「大丈夫? こんなに詳しく聞いていいの?」と若干不安になる所帯じみ感です。最後の章ではミホさんの「エリコ過多(一緒にいる時間が多すぎるの意)」により、新しい物件探しに繰り出しています。それでも最初は2DKで同居できる部屋を探していて、最終的にもそれまで住んでいたアパートの隣の部屋を借りて、片方がそちらへ移るという仲の良さっぷりです。「ああ、この人たちは離れるという選択肢が微塵もないんだなあ」と感じてほっこりするやら羨ましいやら。……いや、ちょっと羨ましさが勝ちますね。いいなあ。こういう生活を送りたい人生でした。

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吉田篤弘『月とコーヒー』

2019年、徳間書店
https://www.tokuma.jp/book/b493433.html

 近所のTSUTAYAの文庫新刊コーナーに面陳されてた本。サイズは文庫ぐらい(今、阿佐ヶ谷姉妹のエッセイと比べてみたらちょっとだけ大きかったです)でありながら、バチバチのハードカバー。文庫のコーナーで明らかに目立ってて、思わず買ってしまいました。元々吉田篤弘さん好きなんですよ。
 現代世界とはちょっと違ったふしぎな世界を描いた、24編の短編集。公式の内容説明文を借りれば、「忘れられたものと、世の中の隅の方にいる人たちのお話」。
 読んでた時期、僕は波的にどん底くらいに気分が落ちていて、どうしようもなく家にいたくなかったので、とある夜遅く、近所のコインランドリーに逃げ込んで、毛布の洗濯・乾燥までずっと店内で、この本を読んでいました。気分は最悪のままだったのであれですが、とても穏やかな時間でした。その中で、完全なる偶然なのですが、「世界の果てのコインランドリー」という一編にさしかかり、少しだけ、救われた気分になってみたり。良い一時に読めた本だと思います。
 吉田篤弘さんは『ブランケット・ブルームの星形乗車券』という短編集も好きで、おもちゃのような少しだけふしぎな世界観や、童話にも似たやさしい語り口の中にじんわり沁み入るような悲しさやさみしさが、堪らないと個人的に思います。『月とコーヒー』の中に、「青いインク」という話があり、電車やバスもないような小さな街の路地の奥で、世界でたった一つの青いインクを作り続けている男の話なのですが、これが本当に綺麗で、やさしい話で好きなのです。芥川龍之介の「蜜柑」を思い出させるような話ですね。僕だけですかね。「青いインクのつづき」「ヒイラギの青空」と、24編の中で唯一、続き物の作品でもあります。
 余談ですが、読みかけの時に枕元に置いていたら、アイスノンと接触してしまっていたらしく、ちょうど表紙に描かれているコーヒーの水面、月のあたりがいい感じに若干波打ちました。ええやんという気持ちとやってもうたわという気持ちが錯綜しています。皆さんも気をつけてくださいね。

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若井凡人『私は組長の息子でした』

2020年、彩図社(文庫)
https://honto.jp/netstore/pd-book_30527224.html

 『月とコーヒー』の後にまっっったくもってテイストが違うものですが、確か一緒に買った本です。その時の自分の情緒が思い出せません。でもまあ創作のネタになるかなと思ったとかそういう供述になると思います。
 内容は、タイトルそのまま。ヤクザの組長をしていた父親を持つ著者の、生い立ちや父に関する思い出を綴った本です。幼い頃からお父さんの組の構成員に囲まれて、「若」と呼ばれ大切にされながら育つも、若井さん本人はずっとカタギとのこと。
 内容はコテコテの「昭和のヤクザ」の世界そのままで、組長の子どもとして、一般家庭の子どもとは違った面がありつつも、概ねカタギの世界で生きてきた、お父さんがそう生きさせてくれたことへの感謝を一貫して感じます。「本当にこんなんあるんだー」という一種の感動をおぼえました。おもしろかったです。
 ヤクザの世界って、悪いことも平気でして大金が動いてウハウハみたいなイメージがどうしてもありましたが、ちゃんと(っていうのもおかしいけど)事業として機能している組織で、「生活していく」ための職業の一つなんだなあと思いました。いや悪事は悪事なんですけどね。
 あと、「ヤクザを辞めたらどうなるか?」という節の中で、30年くらい前までは辞めた後の職業としてタクシードライバーが多かったと書かれていて、「だから龍が如く5の桐生さん、タクシードライバーやってんだ」と妙に納得しました。
 僕の家には数年前、創作の資料になるかと思ってブッコフで買った『ヤクザに狂犬と呼ばれた男 闇の掟編』というだいぶパワータイトルな本もあります。あと『教養としてのヤクザ』という新書もあります。なんだこの本棚。この辺もいつかは読みたいですね。

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 5月への繰り越し本は、
櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』2020年、創元推理文庫

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