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社員戦隊ホウセキ V/第105話;彼が使った力は?

前回


 五月三十日の日曜日、戦いの後、寿得神社の離れにて光里とリヨモは振り返っていた。夕刻の戦いについて。

 あの時、ザイガの所業に怒りを露わにした十縷は、想像を絶する力を発揮した。

 あの十縷の力の理由について、光里の中で不安に近い説が浮上していた。

(まさか憎心力じゃないよね?)

 あの時、十縷は憎心力をブレスに作用させて、強い力を引き出したのでは? 光里はその線を心配していた。

 あの時、十縷が憤慨していた点に鑑みると、怒りや憎しみを源とする憎心力が十縷から生じた可能性は充分にあり得る。
 しかし、光里は信じたくなかった。だから言葉に出せなかった。もしかしたら、それはリヨモも同じだったかもしれない。だからか、会話はここで途切れた。


 この沈黙が破られたのは、会話が途切れてから数分後、リヨモのティアラの宝石が発光した時だった。

「はい。伊禰先生、どうされましたか?」

 伊禰からの通信だった。リヨモは発光したティアラを外し、これと顔を向き合わせる形になって通信に応じる。聞こえてきた伊禰の声は、何処か不機嫌そうだった。

『こんなお時間に申し訳ございません。時雨君が通信を入れてきたのですが、私に訊かれても解りかねる内容でして』

 伊禰が不機嫌そうな理由はすぐに判明した。これから愚痴り出すのかと思われた矢先、この回線に時雨も入ってきた。

『唐突に申し訳ありません。今日のジュールのことで、どうしても気になることがありまして…。イマージュエルや想造力に造詣の深い姫なら、何かお解りになるかと思った次第で、不躾ながら通信を入れさせて頂きました』

 いきなり聞こえてきた時雨の声は、そう伝えてきた。やはり彼も、今日の十縷のことが気になっていたのだ。半ば予想通りの内容に、リヨモも光里も肩を落とすような反応を見せた。そして、時雨は話を続ける。

『今日のジュールが発した力が憎心力だという可能性はありませんか?』

 光里が声に出さなかったその単語を、時雨はさらりと出した。光里は溜息を吐き、リヨモは小さく雨のような音を鳴らしたが、どちらも驚きはしなかった。そしてリヨモがすぐに答えないからか、時雨はそう思う理由について説明した。

『今日ザイガと戦って、想造力がイマージュエルに作用した場合の攻撃と憎心力がイマージュエルに作用した攻撃は、少し質が違うと感じました。今日、ジュールが檻を壊す時に発した力は、どちらかと言えば憎心力が作用したものに近いと思われたのですが、姫はどうお考えですか?』

 今日のザイガは、ピジョンブラッドの水を破る際には想造力、その他の攻撃には憎心力と、二種類の力を使い分けてイマージュエルに作用させていた。その両方を受けた感触から、十縷が憎心力を使ったのでは? そう時雨は思っていた。

 これは光里も思っていたが、信じたくないから言わなかったことだ。
 もしかしたら伊禰も光里と同じ気持ちで、だからこの話題を出されて不機嫌なのかもしれない。
 そして問われたリヨモは、嚙み合わない歯車のような音を鳴らす。

「想造力よりも憎心力の方が、より強い力を石から引き出せると聞いております。反面、力が強過ぎるので調整が難しく、それ故使い手も少ないとのことです。そのことから考えると、ジュールさんは憎心力をお使いになったのかもしれません」

 なんとリヨモは、十縷が憎心力を使ったという可能性を肯定した。その理由をリヨモは続けて語った。

「あの時、ジュールさんは赤のイマージュエルに想造力を届かせられない状況にいらっしゃいました。しかし憎心力ならあの檻を通ったかもしれません」

 しかしこの説は、すぐに光里が否定した。

「だけど、憎心力は神社にあるオレンジのイマージュエルが拒絶するから、同じ神社にある赤のイマージュエルに憎心力は働かさせれないんじゃない? ゲジョーは憎心力が弱いから拒絶されないらしいけど、そんな弱い力であれだけのことができるの?」

 光里の反論は理にかなっていた。しかし、時雨が他の可能性を示唆してきた。

『憎心力が寿得神社まで届かなかったとしても、ブレスには届きますよね? 同じ檻の中に入っていた訳ですし。そして憎心力なら、ブレスくらいのイマージュエルからも強力な力を引き出せるのでは?』

 悔しいが、ある程度は頷ける内容だった。

 憎心力が弱いと自称するゲジョーですら、何光年も離れた星と星の間を行き来したり、リヨモに化けたブンシンジュの動きを拘束したりと、なかなかの力を発揮している。
 十縷は憎心力の持ち主で、普段は微弱だが状況によって増大するのだとすれば、普段はオレンジのイマージュエルにも感知・拒絶されないことも納得できる。

 しかし、それでも納得しきれない点はあった。

『ですけど、ピジョンブラッドは憎心力やダークネストーンの力を消せますわよね? あれはジュール君の力なのでは? 憎心力を消せるジュール君が憎心力の持ち主とは、些か考えにくいのです』

 それは伊禰の話した通りだ。しかし、リヨモはこの説に頷かなかった。

「五色のイマージュエルは元々一つの石で、互いに作用しあっています。ですからピジョンブラッドの力ですが、あれはジュールさんではなく他の方の力が作用したという可能性は充分に有り得ます」

 リヨモの説に対して伊禰が溜息を漏らした音が、露骨に聞こえてきた。

 彼らは戦闘中に互いの思考が通じ合う上に、十縷がイマージュエルを宝世機に変形させたら、他のメンバーも連鎖的に宝世機への変形を成功させたなど、五色のイマージュエルが通じ合い、影響を及ぼし合っていると実感する場面は多い。
 その点を考えると、憎心力やダークネストーンを消すピジョンブラッドの力は、元は他の者が赤のイマージュエルに影響を及ぼした結果という説も否定はできない。

『となると、やはりジュールには気を付けなければいけないのかもしれませんね。あいつは他の者と違って、怒りに身を任せることがある。その怒りが憎心力に繋がったのだとしても、理解できる』

 時雨が持ち出したのは、過去に見せた十縷の行動。
 確かに彼は、仲間のゲジョーに攻撃をした念力ゾウオに怒りをぶつけて傷めつけたり、横暴な長割肝司の腕を捻った上に締め技を掛けようとしたり、激しい怒りを何度も露骨に見せている。
 だから時雨は十縷を心配しているのだが、この態度に伊禰は反感を抱いていた。

『あの、先もそうでしたが…。まだ仮説の域を出ていないのに、ジュール君を危険人物扱いする姿勢には賛同できません。確かに、姫様のお話でその可能性は高くなったかのかもしれませんが…』

 伊禰のこの発言で、リヨモに通信を入れる前に二人がどんなやり取りをしていたのか、何となく想像がついた。
 光里とリヨモが困惑する中、苛立つ伊禰の通信は続く。

『こんなヒソヒソ話みたいな……。まるでジュール君が悪者ではありませんか。仲間をそういう目でご覧になる態度こそ、問題ではありませんか?』

 不快感を露わにする伊禰に対し、時雨は『悪者とは言っていない』と反論する。聞いていて気分の良いやり取りではなかった。

「隊長もお姐さんも、めてください。仲間割れみたいじゃないですか…」

 光里が眉を顰め、泣きそうな声でそう言った。すると時雨と伊禰はすぐに口論をめ、言い争いになったことを詫びた。
    しかし、一度悪くなった雰囲気はどうにも良くならない。そこでリヨモが提案した。

「ワタクシたちと別れた後、ジュールさんはどうだったのでしょう? ワットさんにお訊きしましょう」

 突拍子もない発案だ。しかも、この論戦に和都を巻き込んだところで、事態が好転するのか?
 というツッコミが入る前に、リヨモは和都に通信を入れた。そして和都も応答が早かった。かくして、和都にもこの件が伝えられた。

「突然すみません。今日のジュールさんについて、少しお伺いしたいのですが……」

 そのままリヨモは語った。先まで、この場で語られた内容を。十縷が憎心力を使ったのではないかという話を受けたのだが、和都は余り驚いていなかった。

『その可能性は低くないのかもしれませんね』

 和都がそう思うことには、それなりの根拠があった。

『ブレスに憎心力を作用させて檻を壊した後、想造力で赤のイマージュエルをあの場に呼び出した。んで、後はずっと憎心力を赤のイマージュエルに作用させ続けて戦った。憎心力は寿得神社には届かないから、あの場に呼び出す必要があった。そう考えれば、全部納得できますね』

 一同は言われて思い出した。
 十縷は檻を破壊した後、あの場に赤のイマージュエルを呼びつけていた。宝世機を使う訳でもないのに。その理由は、和都の話なら充分に説明がつく。理屈屋の彼らしい意見だった。
 そんな説を提示しながらも、和都は余り悲観的な様子を見せていなかった。

『だけど、そんなに心配する必要がありますか? あいつ、キレやすい訳ないじゃないですよね? 今日だって、戦いの後は普通でしたし。あの後、二人で飯食いましたけど、怒りが蒸し返すことは無かったですよ。まあ、そのギャップをどう見るかですけど』

 十縷が普段見せている姿が、和都を安心させる根拠になっていた。この点に一同は頷く。そして、和都は続けた。

『それと怒るのも悪い事ですか? 前の念力ゾウオも長割肝司も、今日のザイガとスケイリーも。全部、ゲスでしたよね? 怒ってる内容が変じゃないから、それ自体は悪くないと思ってます。怒りを制御できれば、全く問題ないんじゃないですか? 俺はそう思うことにしました』

 この通信が入る前から、和都はそう心に決めていた。彼の意見は、議論に参加していた全員にすぐ受け入れられた。

「そうですよね! あいつ、悪い事に怒ってるだけだし、普段から怒りっぽい訳じゃないし…。心配しなくても大丈夫ですよね!」

 そう言う人を待っていたかのように、光里が表情を輝かせた。リヨモは顔が変わらないが、鈴のような音を鳴らす。この場に居ないから顔が見えない伊禰と時雨も、おそらく同じような表情をしていただろう。

『ワット君、良いこと仰いますわね。全くその通りだと思います』

『そうだな。確かに、あの怒りがあいつの想造力の源でもあるんだろうしな。怒りの方向が逸れないようにあいつを支えていくのが、俺たちの仕事だな』

 伊禰と時雨も、和都の意見に賛同のようだ。誉められて和都は少し気を良くしたのか、珍しく大きな発言をした。

『全くです。あいつが間違えないように、俺がしっかり見守ります。あいつの一番近くに居るのは、俺ですから』

 この頼もしい和都の言葉で議論は締め括られ、暗い雰囲気も一掃された。
 多少の不安はあろうとも、全員で支えて行こう。この時、彼らは強くそう思っていた。


次回へ続く!


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