「トットひとり」感想文〜黒柳徹子さんに恋する本。

(※ネタバレあります)
この本は、黒柳徹子さんがこれまで出会った大切な人達について綴ったエッセイだ。昭和を代表する歌番組「ザ・ベストテン」を作った山田修爾(しゅうじ)さんに始まり、向田邦子さん、森繁久彌さん、渥美清さん、坂本九さんなど著名人が続々と登場する。黒柳徹子さんはテレビ放送開始から現在まで活躍されているので、その交友関係は広く華麗なものだ。

徹子さんの率直な人柄が影響しているのか、付き合いのある人々はさっぱりとして心根の優しい兄貴分、姉貴分ばかり。亡くなられている方が多いのだが、徹子さんの記憶の中では生き生きと温かく存在している。そして徹子さんを友情や愛情のこもった眼差しで見守り、時にからかう。
映画「男はつらいよ」の寅さん役でおなじみ渥美清さんは、最初は徹子さんの事を“気に食わなかった”ようだ。徹子さんも渥美さんを”浅草から来た怖い人”だと思っていたらしい。けれど二人はテレビドラマで何度も共演するうちとても親しくなり、徹子さんは渥美さんを「兄ちゃん」と呼んで家族同然に慕うようになった。いつもお正月には二人で、「寅さん」を映画館で観ていたそうだ。

このような、沢山のエピソードをひとつひとつ読むと、徹子さんの紹介するその人が魅力に溢れているのはもちろんだけど、恐縮ながら徹子さん自身が人を惹きつける力を持つ素敵な方であることが分かる。

NHKの専属俳優として劇団に入ったものの、最初は個性が強すぎると仕事を降ろされ続けた。

ラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」のオーディションで、審査員の一人である飯沢匡さんが、

「(個性を)直すんじゃ、ありませんよ。あなたの、そのままが、いいんです!」

と言い、徹子さんは主役の一人として合格する。
「ヤン坊ニン坊トン坊」がきっかけで知名度は一気に上がり、テレビ・ラジオの仕事が非常に忙しくなった。睡眠時間が毎日三時間ほどになり、それでも仕事を続けていたある日、徹子さんは体を壊して倒れてしまう。
過労で入院した病院で、徹子さんはテレビを見る。
この場面がとても印象深かったので引用させていただきます。(ちょっと長いですが、ぜひ読んでみてください)

テレビを見てもいい、という、お許しが出たので、トット(注・私のこと)は、テレビを借りて、病室で見ることにした。
自分のレギュラーの番組が、自分がいなくて、どうなるのかが、心配だった。

時間が来て、トットが司会をしていた番組が、まず放送になった。ドキドキして見ていると、トットの知らない若い女の人が出て来て、こういった。
「みなさん、こんにちは!今日から、私が当分、司会、やりますよ、どうぞ、よろしくね!」

そして、番組が始まった。たった、それだけだった。トットがいなくても、番組は、別に、困った風もなかった。みんな楽しそうに、映っていた。
(中略)
他の番組も似たりよったりだった。
そして、みんなは、どしどしと、トットなしで、進んでいた。

トットは、この時、はじめて、
「テレビは、すべてが、使い捨て」
と、わかった。
たった一人、病室で、トットは、何も写っていないブラウン管を、いつまでも
見つめていた。

「トットひとり」より
※著書「トットチャンネル」からの引用部分


徹子さんは純粋で大らかなイメージの方だが、鋭く醒めた視点も持っており、人や物事の本質を捉えているようで引き込まれる。
それでいて、「トットひとり」のエッセイは物事の美しい面に目を向けており、人間同士の関わりをおもしろく感じさせてくれる。
行間にある語られていない部分を感じることで、テレビの世界で長く生きてきた人の流儀を見る思いがする。

黒柳徹子さんの大切な思い出を語り聞かせてもらえる、とても贅沢で幸せな時間だった。
「徹子の部屋」も「世界・ふしぎ発見!」も、今までとは違った感覚で見ることになりそう。
面白い本なので、ぜひ手に取ってみてくださいね。

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