〔30〕弟井口洋の突然死 2/28

〔30〕弟井口洋の突然死と佐藤甚兵衛研究
 二月二十四日付の〔28〕において、本稿の運営方針も固まってきた。今後は「時務に関する考察」と「有料稽古(当分は命理学)」を交互に発表していく方針を採る」と述べた狸は、早くも原則破りをすることになりました。
 〔28〕は稽古の13回で、これを一応仕上げた白頭狸は突然に生じた肩凝りに堪えかねてマッサージを受けに行きました。
 文中で触れた弟の井口洋が、自身の生誕時を知っていたら教わりたいと思い、二回ほど電話してみたが一向に出ないので、胸騒ぎしていたところ、翌二十五日に電話がかかってきました。
 「一応元気でやっていますよ、兄貴こそ元気かい?」とのことで、すっかり安心した狸は、聞くつもりの生誕時間のことを後廻しにしました。
 父の出征の後に生まれた弟の生誕時を身をもって知る生母藤子が昭和二十一年に死去したので、知る人はもはやこの世にいませんが、親戚の伝承などで知ることもあります。現に狸は「オマハンの生まれた時に丁度ドンが鳴った」と聞いたことにいよって生誕時が判明したのです。
 二十六日には珍客訪問の予定が入っていたので、体調整備のためにマッサージに行き帰宅したところ、弟の訃報が入っていました。
 そうか! あの胸騒ぎと肩凝りの原因はこの予兆であったのか。
 話によると当日の朝は元気で、自治体の打ち合わせに出ていた洋は、帰宅後に妻を相手に話していたところ11時45分頃に突然倒れ、救急病院に運ばれたが、12時59分に死亡と診断された、との事です。
 残念なのは弟から生誕の時間を聞かなかったことです。知っていたら得られたはずの井口洋の完全な命式を狸のと並べて考察したら、四柱推命学の研究に大いに役立ったはずでした。
 弟の命式は、時柱を除けば次の通りです。
 
生年 昭和十七年     午 (丙 〇丁) 劫財
生月 六月        午 (丙 ○丁) 劫財
生日 二十二日  丙    午 (丙 丁) 比肩or劫財
生時 不明    
 
 午の蔵干は俗流推命書では(丙 己 丁)とされております。昭和五十年頃の『四柱推命学詳義』でその説を採っておられた武田考元先生は、昭和六十二年に出された『武田理論による四柱推命学入門』において「蔵干について、古来より一人として明快且つ合理的・科学的に解明した人は無く、私が初めて「蔵干理論」として体系づけた者であります。その詳しい理論は割愛させていただきますが、蔵干は次のようになり、時間の経過として中断することなく干が続きます」とされ、蔵干について下記の点で俗流と異なる説を唱えておられます。
 1・午の蔵干中気己を外し(丙・丁)の二干としたこと。
 2・申の蔵干余気に己を加え(己・戊・壬・庚)としたこと。
 
 右の井口洋の命式は武田理論によるものですが、今日まで弟の命式を審察していなかった狸は、右の命式の年・月・日の三柱の支に午が並んだことを発見してかなりの衝撃を受けました。
 年干壬と月干丙は武田理論では剋去となり、両方とも無力化しますが、井口洋自身である日干の丙は、月支蔵干の丙および丁と比肩・劫財の関係でその幇助を受けて極めて幼時より、虚弱体質であったのは何によるものか?
地支に三つも並んだ午が日干を支える命式は、狸が創めて見たものですから、今は何も言えません。これは後日の有料稽古のテーマといたします。
 ただし、現実の井口洋は、命式から想像されるような剛健苛烈な人格ではなく、目前の白梅のごとく清貧の一学究として生涯を貫き通したことは、白頭狸が兄弟として誰よりも慥かに知る所であります。
 白頭狸より一歳年下で、和歌山市立本町小学校、同伏虎中学校、和歌山県立桐蔭高等学校と白頭狸の一年下級を進み続けた井口洋は、京大文学部を卒業して同大学院の博士課程を修了したあと、京都府立山城高校の教師を皮切りに教職に就きました
 その後は大学教員を遍歴しながら近代文学の研究を進めていた洋は、平成八(1996)年に「西鶴試論」で京大文学博士の学位を得ました。勤め先の奈良女子大では助教授から教授、副学長となり、平成十八(2006)に定年退官いたしました。
 その学業のほどについては知らない狸ですが、甚だ感謝するのは、狸の洞察を、洋が専門家の立場から認めてくれたことです。
 それは➀松尾芭蕉が國體の忍者であった事と、②松尾芭蕉が全国を行脚して國體直属の山林管理者「甚兵衛」のネットワークを創ったことです。
 国史学界の全く知らないことですから、いきなり発表しては学者生命を絶たれる虞が十分あり、公式に発表していませんが、これが真実なることを十二分に承知していた井口洋がもう少し長生きしてくれていたら、と嘆く白頭狸です。
 二十五日の昼に電話をくれた弟洋と二十六日の昼に幽冥異にするとは、今も信じられない白頭狸は、目下暗涙にむせびながらコロナ・ワクチンを恨んでおります。

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