人とウィスキー:『響30年』は70万円

30代の頃、ウィスキーにハマりました。

ウィスキーは一般的に熟成の期間が長いほど価値が高いものです。

精神科医の樺沢紫苑先生は、余市蒸留所を訪れ、0年、5年、10年、15年の原酒を試飲したことがあるそうです。

年数を経るにつれて、とげとげしさが抜け、まろやかに美味しくなっていくとのことです。

樺沢先生は、「これは人間の成長そのものだ」と感じて、さらにウィスキーのファンになったと言います。

人間は普通、年を取るに連れて、価値が逓減していくと考えられていますが、それは、肉体的側面から見た価値観であり、精神的側面からすると、年数を経るにつれて、心に深みが生まれて、得も言われぬ陰影を生み出すと思います。

文筆家の池田晶子さんは、上記の点について次のような文章を遺しています。

「年をとることを反価値とするのは、肉体にしか価値を置いていないからです。なるほど年をとれば、体力も体型も肌のハリも衰える、美しくなくなる。だけど精神の側、心や気持ちや知恵の側を価値とするなら、年をとることはそれ自体で価値になります。なぜなら、年をとるほどに精神は、味わい深く、おいしくなってゆくものだからです。だから私はこの頃とみに、年をとることが面白くてしょうがない。」

(池田晶子『人生は愉快だ』)

人生は四季に譬えられます。青春期、朱夏期、白秋期、玄冬期。

青春期や朱夏期に、我が世の春とばかりに咲き誇った花は、秋になると色あせて行きます。

人生の晩年、白秋期や玄冬期に花が咲き始めるのは、肉体的価値よりも精神的価値に重きを置いてきた人物です。

そのような人物にとって、老いる事(エイジング)は価値そのものなのです。

ネットで調べてみると、『響30年』は70万円の値がついていました。

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