椎間板ヘルニアと私。②~保存療法~

続き。
朝起きて、もう病院に行くレベルだと気付く。
今まではのんきなもんで自力で快方に向かうレベルだと思っていた。

でもその日は祝日。次の日に夫に車で病院へ連れていってもらう。

その当時は夜中から朝1が1番いたくて、2.3時間立ってウロウロ歩き回っていると少しはましになった。

寝ても痛い。一度寝転んでしまえば立ち上がる時の激痛がセット。
もうずっと立っていた。少し家の中を歩き続けていた方が楽だった。ご飯は立って食べる。

それに、その次の日は小学生の娘二人の初の学習発表会。コロナで3年ぶりの開催だそうだ。
そこで保護者としての、やらなければならない係がある。それが無ければ立ち見でさっと行ってさっと帰って来られるけど。
ヘルニアは直立の時点では普通に見えるのが辛い。
家族からも理解されない。
心身ともに辛くなってきた。

そして病院へ。
診察してレントゲン。
病院に行く時は金具の無い服を着るポリシーがあったので、着替えをせずにそのままレントゲンを取れたので九死に一生を得る。
あの激痛状態で検査着に着替えられる訳ねぇだろ。
そしてつぎは決死の思いで初めてMRIの台に寝転がる。
起き上がる時の激痛を思っていたらすぐに終わった。
検査技師の方(30代男性)が手を握って助けてくれた。
夫とも久しく手を繋いだ事がなかったので(え?)ドキドキして不整脈まで現れたかと思った。

そして、無事にヘルニアの診断を受けた。しかも脊椎管狭窄症でもあると言われる。
が、とりあえずは今の痛みはヘルニアが勝ってるそうだ。
40代から脊椎管狭窄症もでてくるからと。
一年前に義父が手術したのが脊椎管狭窄症でもある。なんということだ。
高齢者になった気分だった。
そして、電気治療をしていけと言われる。

まだまだ続くよ。




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