殺したあと
事の起こりはなんてことないことだった。
十二月九日。高層マンションのひと部屋で不倫した彼を刺した。助けてくれ! 部屋から飛び出して叫び散らした彼を追い詰め、また刺した。
騒ぎを聞きつけた人の群れに見つかり、上階へ逃げていくうち、外へと身を投げていた。
身を投げた瞬間の、ぱっと血の気が引いていく感覚を覚えている。頬に当たる逆さの風の感触を覚えている。風になびいた前髪がめくれ、目前に敷き詰められたレンガの迫ってくるのを意識して目を閉じた。
次に認識したのは雨粒が頬を打つ感触で、私は地面に伏して雨の中に晒されていた。
人の気配はない。この互に及んで人の気配のないのに寂しくなったのが哀れだった。
『人殺しは地獄に行くんだよ』
どこかで聞いた言葉がつと思い起こされ、針みたいなものが胃の底をちくちくとつつき回した。
ひとのいない町中を徘徊して、ビルの中に入った。階段を登って部屋に入ると、そこにはまだ彼の死体がそのままで伏してあった。
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