韓国映画の凄さを知ってるのに、韓国TVドラマは見ない人に、何としても見て欲しい「マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~」
韓国ドラマファンにはもうお馴染みの作品かもしれないが、「マイ・ディア・ミスター 〜私のおじさん〜」を見る。
あまりにも良いドラマで、ずっと終わって欲しくなく、ひと月くらい最終話を見ないでいた。どのような終わり方であっても、終わることを受け入れる気持ちになれずに…。
そしてようやく、桜も散る3月末に最終話を見る。
これだけハマったドラマは記憶ありません。最大限の賛辞を送りたいです。
「このドラマを知ることなく、死なないで良かった」
と心の底から思います。
作品自体はもう5年も前の作品
自分が勝手に熱くなっているだけで、この作品は実はすでに2018年に放送されており、本作の魅力にハマった人はまったく珍しくなく、多くの人がベストドラマに挙げていることからもこの作品の良さが分かります。
この作品にハマった方としていちばんインパクトのある話は、先日亡くなった坂本龍一さんが2周目の鑑賞をして、サントラを聞くだけで涙が出る、というもの。
確かに、見た人なら誰もが音楽の素晴らしさについて共感できると思いますし、ここぞというシーンで流れてくる主題歌は本編をエモーショナルに盛り上げて、本当に泣かせてくれる名曲です。
とは言え、本作は最初から評価が高かったドラマではなかったそうで、主人公の中年男性と、IU演じる女性の20歳以上も年の離れたふたりの恋愛を描いたドラマだと曲解されて、多くの批判を浴びたという。ただそんな下世話な疑念も回を追うごとに払拭され、終わってみれば多くの賞を獲得、熱いファンを集めたのです。
安易な恋愛物語でなく、広く人間愛を描いた作品
上の画像は日本版のイメージ画像ですが、これを見るとハートウォーミングなラブコメかなと想像するかもしれません。ですが、このイメージで本編を見るとそのギャップに戸惑うこと必至です。特に1話目から数話は真逆の話が続きます。暗く重い展開に加え、先の見えないまま話が進むので脱落する可能性大ですが、何とかここを乗り切って欲しいです。
物語を通して見て感じるのは、韓国映画のクオリティの高さを知っている人にこそ見て欲しいドラマです。ぱっと見のビジュアルはあまり気にせずに、「韓国ドラマは物足りないんだよな」という映画ファンにこそ見て欲しいです。
※ちなみに、ふたりがソファに並んで座って笑顔を浮かべているシーンは本編には出てきません。
自らの境遇とも重なる役を演じたIU
IUがヒロインを演じていると言えば、K-POPが好きな人には知られた作品なんでしょうか? まったくK-POPを知らない自分は役者としての本作の彼女が初見でした。しかし、若手の演技派俳優と言っても全く不自然でないほどの存在感を見せています。
いや、この作品の何が良かったかと言えば、彼女の存在を抜きには語れません。良かったでは足りないくらい、心揺さぶる演技を見せてくれます。感覚的には全16話の序盤以降、最終話まで、彼女が演じるジアンという人に絶えず心を揺さぶられ何度涙したか分かりません。
強く儚く、その瞳は抱きしめたくなるほど切ない
IUが演じるジアンという女性について
本作の主人公の男が勤める会社に派遣社員として働く女性・ジアン。年齢は21歳になるが、小柄で後姿などは少女のようにも見える。会社では誰とも会話を交わすこともなく、たとえ声を掛けられても反応は薄く、素っ気ない冷たい態度をとり、誰も見ていない隙に、給湯室に置かれた粉末タイプのスティックコーヒーを持ち去っていく。ただ独り、耳が聞こえず身体が不自由な年老いた祖母の面倒をみると共に、幼い頃に多額の借金を残し姿をくらました母に代わり、その借金を返すため身を削るように生きている。
「金になることは何でもやった」
ある時、”おじさん”にジアンが自らを語った時の一言。彼女のこれまでの過酷な人生を如実に表す、心に突き刺さる忘れがたいセリフです。
IU自身、10代のころに多額の借金のために家族がバラバラになり、一時期、祖母と暮らしていたことがあるなど、本作のジアンと重なる苦しい境遇を経験していたこともあってか、本作のIUの演技は鬼気迫る、まさに名演。彼女を見るだけでも見る価値のあるドラマです。
一方、本作の主人公、”おじさん”こと、ドンフンについて
日々、さしたる喜びを見出せずに流されるように生きる40半ばの男。一流企業(建築会社)に勤める彼は部下から慕われ、才色兼備の弁護士の妻との間にできた息子は、幼くしてひとり親元を離れ海外の学校に留学中。一見、公私共に誰もが羨む生活を送っているにも関わらず、実際は社内の派閥争いに巻き込まれ、妻との関係は冷えきっている。さらに実家では、会社を首になり愛想を尽かした妻から家を追い出された兄と、映画監督になる夢を追いながらも長年、助監督に甘んじニート状態の弟がいて気苦労が絶えない。男ばかりの3人兄弟の中で唯一まともに生きていると母からは思われ、自分だけは母の期待を裏切らないようにと、知らず知らず重荷を背負っている。
人生に抗うことを諦め、ただ日々を生きるだけの面白みのまったくない人のようである一方、誰よりも兄弟のこと、母のことを思い、周りの人たちに対しても常に誠実で、面倒見もよい人物です。学生時代の頃はもっとオープンで気さくであったのだろうということは、物語が進んでいくうち、登場する地元の仲間とのやり取りなどから窺い知ることができます。きっと、社会人になってからのあれやこれやで、人生が自分の手から離れてどうにもならなくなってしまったんでしょう。
物語が進んでいくと、彼の熱い気持ちがほとばしる見せ場がいくつもあって、人として尊敬せずにはいられない高潔な言動は本当に感動します。一言では語れない人の多面性を感じさせる奥深い人物です。
本作の主人公・ドンフンを演じるのはイ・ソンギュン。大きな話題となった「パラサイト 半地下の家族」で、パラサイトされる側の豪邸に住むIT社長を演じた人です。あの作品でもナチュラルにおかしみが醸し出される、隙のある人間味を持った金持ちを演じていましたが、本作では安易に”いい人”を演じようとせずにじっくりとその魅力を出していく、心憎い演技を見せてくれます。
そんな、同じ職場にいながら交わることのなかった2人が、ある出来事をきっかけにお互いの人生に関わっていき、暗闇から抜け出そうとする歩みを描いたのがこの「マイ・ディア・ミスタ―」です。
本作の大きな魅力を占めるのは、このふたりが次第に心を通わせ、互いの人生を変えていく様を、繊細に、時にドラマティックに見せるところですが、本作はそれに留まらない魅力にあふれた作品となっています。つまり、ふたりの間の男女の愛を超えた「人間愛」を始め、ドンフンと兄弟たちの泣き笑いに彩られた「兄弟愛」や、その母親との「親子愛」であったり、ジアンと年老いた祖母との分かち難い「祖母と孫の愛」、ドンフンやその昔ながらの仲間たちが見せる「地元愛」など、様々な愛あふれる物語が、1話1時間強、全16話という時間をフルに使った、多くの登場人物たちに焦点を当てた濃密なドラマを楽しむことができるのです。それは映画では到底描き切ることはできない、ドラマでしか描くことのできない物語となっています。
あらすじなど語るのはもはや野暮というもの。最後に、この記事の冒頭に載せております、mihoさんによる素敵なイメージ図について触れておきます。このイラストを使用させていただくことになったのは、イヤホンをしている少女の画であったからで、このドラマのIU演じるジアンが絶えずイヤホンをして“あること”を聴いていることにちなんでいます。
ひとりでも多くの方に本作「マイ・ディア・ミスタ― ~私のおじさん~」をご覧になっていただき、この物語の素晴らしさをぜひ知っていただけたら幸いです。