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[ショートショート] 手洗う嫌われもの

何処にだってレベルの低い給料泥棒はいる。

新入社員みたいな仕事を何十年もやっていて、平気で会社に居座り続ける。普通の感性を持っていたらとっくに辞表を提出しているはずだ。

私の職場にいるそいつは、顔も宇宙人みたいで誰からも嫌われている木偶の坊で、何か嫌な事があるとすぐに勝手に休み、数週間後に医師の診断書を持って現れる。

鬱だかPTSDだか知らないが、そうやって何もやらずに嫌な事から逃げて逃げて逃げて逃げて何十年も低レベルな仕事をやって給料を貰っている。

そんな木偶の坊のお仕事は、物資の配送である。営業が仕事を取ってきて、そいつがお客様のところまで商品をお届けする。

普通は、契約社員にお願いする仕事だが、何故かそいつはそこにいる。そういう仕事しか任せられないのだ。ただ、色々やらかしてくれて違う所へ商品を届けたり、違う商品を持っていったり、数量を間違えたり、配送中に事故ったり、兎に角、要領が悪いし使えない。

しかし、そういう奴は一定数存在して、そういうやつを見ていると自分は‪まだ大丈夫だと安心できるから、それはそれで必要な存在とも言える。

奴は、毎日、朝早く来て事務所の掃除をして、仕事終わりにはゴミの回収をして帰る。とても綺麗好きで、事務所が綺麗になるからそれも有難い。

奴は綺麗好きだから、事ある事に手を洗う。外から事務所に戻ってきたら必ず手を洗う。それも3分くらいずっと洗っている。そんなに洗わなくても良いと思うが、必死に手を洗っているのだ。

そんなに洗うもんだから、手が恐ろしい程にボロボロになり、見るからに気持ち悪い。宇宙人みたいな顔なのに、ボロボロの手じゃもう目も当てられない。

悪い奴ではないと思ってはいるが、どうしても社会に適合していない規格外な存在なのだ。

そんな中、3月、内示が出る別れの季節となり、私の本社への転勤が決まった。

異動の準備に追わ、慌ただしく日々は過ぎあっという間に最後の営業日、奴がニコニコしながらやって来て、今までお疲れ様と手を差し出してきた。

ここで拒むのは流石に人としてダメだと思い、私は初めて、奴と握手をした。

それはもう相当恐ろしい未知との遭遇だった。人間の手じゃ無かった。何かザラザラした不気味な何かに手を握られている。それに、何を思ったか両手で私の手を握ってきたからもう最悪だった。寒気が全身を襲った。

気持ち悪い…気持ち悪い…気持ち悪い…

私は急いでその場を離れ、直ぐに炊事場で手をしっかり洗った。それはもうしっかりと。あぁ、奴はこんな気持ちだったのだろうか、初めて分かった。それ以来、私の右手には奴の手の感覚が染み付いて取れなくなった。今でもその苦痛に苦しめられている。唯一、その感覚を忘れられるのは手を洗っている時だけだ。

私の手は、もう既にボロボロになり、人の手では無くなった。でも、止められない。頭がおかしくなりそうだ。

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平凡なサラリーマンの創作短編集です。気楽にどうぞ。

ショートショート集です。 高校から今までちょこちょこ作ったショートショートを載せています。 人気があれば随時、更新していきたいと思いま…

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