大した痛みではない、けど
スッと紙を引いてしまって、指が切れました。
少しだけ血が出て、でもすぐ止まりました。
大した痛みではありません。
手を洗ったときや、消毒をしたときにちょっと沁みる、くらいのこと。
何ということはないのです。
この痛み、何かに似ている、と思いました。
はて、何だったか。
***
すれ違いざまに舌打ちされたとき
明らかにおかしいタイミングで話を遮られたとき
君に言ってもしょうがないけどと笑われたとき
ぶつかられたのに謝られなかったとき
涙が出るほど傷付いてはいない、
でも少しだけチクリとする痛み。
文句を言うほどではない、
でも何かゆらゆらと残る悲しみ。
紙で指を切ったときも、ああ、切れちゃったな、ちょっと血が出てるな、くらいで通り過ぎます。
誰かに見せたりもしないし、大仰に騒いだりもしない。
ただ、切れちゃったな、痛いなと思うだけ。
ときどき、傷があることを思い出すだけ。
外傷の痛みは、余程深いものでない限り、傷口が塞がってかさぶたが取れたら終わりです。
でも、心のそれはふとした瞬間にぶり返して、そのままチクチク痛み続けたりしますね。
ああ、まただ。
また、わたしは尊重されなかった。
下に見られ、敬うべき相手と見做されなかった。
女で、体が小さくて、弱そうな見た目、
というだけなのに。
男で、体が大きくて、強そうな見た目だったら
受けないだろう痛みを味わうことになるのです。
***
以前も書きましたが、わたしたちは夫婦2人で出掛けた際、混雑した電車で離ればなれになってしまうときがあります。
そんなとき、夫は時々わたしの方を見やることがあるのだそうです。
車内が空いてまた合流したとき、夫は
「またわざとぶつかられていたね、大丈夫?」
と声を掛けてくれたりします。
結婚する前、夫は小柄な女がよく受ける仕打ちについて、知らなかったそうです。
夫と連れだっていれば妻もセットで尊重されるので、バラバラになったときに一人でいるわたしを遠くから眺めて初めて、その受難に気付いたのだそうです。
それを知ってから夫は、また一段、優しい人になりました。
夫が夫から見えるものしか見ていなかったように
わたしはわたしから見える景色しか知りません。
例えば仮想空間で、筋肉隆々の男性や、大柄な女性や、外国出身の人や、障がいを持つ人や、中性的な人になってみたら、まったく別の、違う種類の痛みに気付いたりするのかもしれないな、と思います。
↓2人で出掛けたのに、混雑した電車でときどき離ればなれになる話はこちら