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腰に痛み止めの注射を打って経過観察する無職

五月四日
腰に痛み止めの注射を打って五日目。
朝、目が覚めると腰痛がほぼ消失している。ここまで薬効があるならば、早く打ちまくれば良かったと反省した。病院に行けば直ぐに治るだろうから注射は必要ない、と思って後回しにしていた。
郵便受けを確認するため階下へ行くのも、トイレへ立つのも服を着るのも苦にならない。身体を十全に動かせる事が自分でも意外なほど喜ばしい。こんな擦り切れたおっさんにも人並みの感受性が残っていたなんて。人間みたいだ。
高揚した私は簡単な買い物がてら散歩に出かけた。外出中に注射の効能が切れて痛みがぶり返すのが怖いので、念のため杖は持参する。

今日の町田市の最高気温は二十七・四度(日本気象協会より)。暑い、が、半年以上前と同じように歩ける、という事実の前では些末な問題だった。このまま空まで歩いて行けそうだ。しかし行き着いた先は虫の集る小便臭い陋屋であった。自宅ともいう。
布団に倒れ込み、少し長めに横臥する。起き上がることが出来ないのは、今まで動けなかった分の単純な運動不足から来る疲労と、二十年来の鬱病でやる気が出ないせいだが、鬱は薬で制御し、運動不足はジョギングでもして体力作りをすれば解決可能だ。こうして、また将来の計画を立てられる日が来るとは。
懸念は、いつ、どのタイミングでこの夢のような魔法の時間が取り上げられてしまうかだ。ガラスの腰のシンデレラ三十六歳。ところで、注射一発五百円と少しでこの効果ならば、整体よりも安く済むのではないか? 私は未だ現状を甘く見ているのだろうか。

五月九日
腰痛駐車から九日目。やや痛みがぶり返して来たため、精神科へ行くついでに整形外科へ寄り、再度注射を依頼する。一回、五四〇円。仮に一週間に一度の頻度で打つとして、月に二四六〇円。現状、まだ一度しか試していないので、もう少し経過観察とする。もう少し。そう、もう少しだけ。注射、ね、あと、あと一回だけ、ね? 良いでしょ? 私あれがないともう生きていけないの。ね、だからもう、これで最後にするから、今度は本当だから! 本当の本当! ……なんで信じてくれないの? そんなに悪い事したかなぁアタシ。誰かに迷惑かけました? あーウザっ。こんなに信頼関係なくなったらもう終わりだよね。私べつに悪くないから。さよなら。





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