聖に招かれて

  静岡大学の合格通知電報の文面は「フジサンチョウセイフクス」だった。
  試験日前日、私は大学の下見に行った。そこは日本平の西斜面の高台にあり、富士山は見えないが北のはるか遠くに白い頂が見えた。あれは聖か赤石か、まるで私を招くようだった。
  ところがその夜アクシデントは起きた。静岡中島屋ホテルに投宿した私は、ベッドに眼鏡を置いてその上に座ってしまったのだ。
  両のツルがもげてしまった。商店街の眼鏡店に飛び込み、直せないかと聞いたがむりだった。文具屋で瞬間接着剤を買いくっつけてみたが簡単にとれてしまう。万策は尽きた、明日は試験だというに。
  私は当時から日本手ぬぐいを愛用していた。その日も持っていた手ぬぐいを私は細く裂き、よりあわせてヒモにした。これを眼鏡の真ん中のブリッジにからませて、ヒモを鉢巻きにして頭にしばりつけた。もうこれしかない、格好など気にしてはいられない。
  試験が終わった瞬間、私はなぜか確信があった。それは、私の妙な眼鏡姿を見て調子を狂わせた者が数人いたからに違いない。
  その日も静岡は晴れて、南アルプスが私を招いていた。
  

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