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『第5回 響け!ファンコンサート』に行ってきた話

 北宇治高校OB吹奏楽団。武田綾乃先生の原作小説、京都アニメーション制作のTVアニメ『響け!ユーフォニアム』のファンによって運営される私設吹奏楽団である。私はこの楽団が主催するコンサートにずっと興味があった。それは公式の定期演奏会とは一味違った、生粋のファンだからこそ届けられる音楽があるはずという、言ってしまえば結構な思い込みからだった。特に今回開催されたコンサートは高坂麗奈の“中の人”こと、プロトランペット奏者の上田じんさんがゲスト参加するとのことで、コンサートへの期待は一層膨らんだ。そして去る2024年2月10日のこと、無事に鑑賞することが叶ったのである。そういうわけで、今回はファンコンサートにまつわる感想を(技術的な話は抜きで)綴ってみようと思う。
 
 JR宇治駅の改札を出た私は、会場である宇治文化センターを目指し、ダラダラと歩き始めた。この宇治文化センター、お世辞にも駅からのアクセスがいいとは言えない。基本、徒歩で坂を上っていくことになる。しかし、そこは一応オタクである。聖地:宇治の歩き方は本やマップがなくたって大丈夫、道中の見どころや楽しむべき点はしっかりと抑えてある……いや、聖地を歩いているという事実さえあれば、オタクは絶妙にしんどい上り坂だって肯定できるのだ。
 会場に入ると、すでに多くの観客が思い思いの座席に着席している。この「思い思い」というのが結構重要で、宇治文化センターは再オーディションの舞台でもあり、そこで部員たちが陣取った座席、通称「北宇治席」が存在する。きっと早い時間にやってきて、推しキャラクターの座った椅子を確保したファンもいたはずだ。もっとも、私はギリギリに到着した立場なので、おとなしく端にある席で楽しむことにした。もしもこの先、剣崎梨々花の座席が誕生することがあれば、その際はいち早く駆け付けてもいいかもしれない。

 そして開演の30分前、プレコンサートと題してアンサンブル曲の演奏が行われた。最初に登場したのは金管七重奏、演奏曲は「ティータイム」。劇中では実力派ぞろいのチーム久石、もといチーム平和主義が選んだ曲だ。金管楽器の華やかさに加え、紳士、淑女のような上品さも感じるフレーズが素敵な曲で、それを丁寧になぞる演奏がとても素晴らしかった。私は生まれ変わってやるならチューバやな、と心の中で誓った。なんか昔オーボエがやりたいと言った覚えもあるが、まあ記憶違いだろう。
 続いてはサックス四重奏である。陽気なMCとともに4人による曲決めの寸劇が始まる。個人的にあのわちゃわちゃした感じは大好きで、「やっぱサックスパートはこうだよな」という謎の持論で勝手に納得したりしていた。そして、決選投票までもつれた曲決めの結果……選ばれたのは、ダッタン人だった。
 最初はどうなることやらと思ったが、いざ演奏が始まると真剣そのもの。サックスの持ち味、甘美で艶のある、歌うようなメロディがホールに響き渡る。ムーディーな雰囲気を纏ったダッタン人、こういうアレンジは曲に対するイメージに新たな解釈を加えてくれるから好きだ。そして演奏を聴きながら、中学のころサックス四重奏で「アリオンの琴歌」を選び、そして好き放題やっていた日々を思い出す。奏のチームが「平和主義」を掲げるなら、お調子者だらけの我がチームには「享楽主義」がふさわしいだろう。

 さて、『第5回 響け!ファンコンサート』は3つのテーマで構成されている。北宇治高校吹奏楽部の足跡を辿る第1部「おもいでライブラリ」、昨年夏に公開されたアンコン編がテーマの第2部「きらめきアンサンブル」、上田じんさんが満を持して登場する第3部「おまつりショータイム」と、とにかく作品愛の伝わってくるタイトルが並ぶ。こういう構成の組曲があっても素敵だよな、という雑すぎる感想を抱いたことも一応記しておく。
 イベントの始まりは「DREAM SOLISTER」。ここで紹介する必要もないかもしれないが、響け!ユーフォニアムの第1期オープニング曲だ。しかも、バンドを背にお二方のボーカルが歌う激アツ展開である。やはりこの曲なしでは、響け!ユーフォニアムは始まらない。客席からは色彩鮮やかなペンライトを振る方の姿も見えた。この曲とともにステージと客席の熱量、盛り上がりが一気にコンサートへと向かっていくのを感じる。
 続いて演奏された曲は、大瀧詠一さんの「君は天然色」。言わずと知れた名曲である。MCの解説にもあった2期OPの演出の話を聞き、色づいていく北宇治の記憶と曲名の相性の良さに感動していた。補足しておくと、MCは田中あすかである。(初見殺しの説明)
 3曲目は「ディスコ・キッド」。1977年の課題曲だが、今でも絶大な人気を誇っており、あちらこちらで演奏される名曲である。確か原作で久美子が定期演奏会の候補曲として名前を挙げていた気がするが、どうだっただろうか。曲の途中で「ディスコ!」と掛け声をするのがお決まりとなっている一曲だ。課題曲としては結構難しい部類に入るのだが、それを吹ききった楽団のメンバーにも脱帽である。
 そして第1部最後の曲は「大阪俗謡による幻想曲」、関西の超強豪である淀川工科高校の十八番としても知られる。この曲で特筆すべきはその難易度。多分、その日の曲目の中で一番難しい。吹いたことはないけど、確実に難しい。聴くだけのこちらまで緊張するくらいには難しい。しかも、それを原典版の12分でやると言うのだ。さすがに挑戦的すぎる。しかし終わってみれば、それは完全に杞憂に終わった。原典版の雰囲気を大切にした演奏に、私は割れんばかりの拍手、そして贅沢な12分間をいま一度噛み締めた。

 しばしの休憩時間を経て、第2部のため私は座席へとついた。そして照明の暗転とともに、柔らかなユーフォニアムのチューニングがホールを包み込む。次の一拍目、力強い管楽器の旋律が轟き、やがてチューブラーベルの華やかな響きが加わる。第2部の開幕を飾ったのは、吹奏楽では定番の「オーメンズ・オブ・ラブ」。T-squareのヒット曲を真島俊夫さんが吹奏楽用にアレンジした本曲はアンコン編でも演奏され、冒頭の演出はそれをなぞったものである。こういったファンの心をつかむ、粋な演出が多いのもファンコンサートの魅力だ。
 そして後に続くのは、アンサンブル曲たち。まずは「フラワークラウン」から。アンコン編で結成された編成ならではの、染み入るような音色がホールに刻まれる。そして演奏の途中、存在しない劇中のシーンが脳内で再生されていく。優子世代は色んなことを経験しているからこそ、最後は花の冠を飾って卒業して欲しいという願望がそうさせたのかもしれない。
 続く2曲目は「革命家」である。アンコン編では校内予選を勝ち抜き、京都府大会に出場したクラリネット四重奏が演奏した曲だ。クラリネットは久美子世代が作る北宇治サウンドの強みであり、中核を担うパートでもある。そして演奏を聴いてみると、その実力をなぞるかのように上手い。冒険譚のように勇ましく、軽快なメロディがクラリネットによって紡がれる。
 そしてアンサンブルの演奏を締めくくるのは「フロントライン〜青春の輝き〜」だ。イントロのゆったりとしたユーフォソロから力強い旋律が駆けるパートもある、密度の高い青春の時間を表すような曲である。この曲の楽しさは打楽器の忙しさに注目することかもしれない。作品で描かれることはなかったが、井上順菜もあんな風に動き回ってたのかと思いながら演奏を聴くと、なかなか感慨深かった。アンコン編は演奏描写が少なかったことを考えると、こうやって実際の演奏を聴きながらイメージするのも一つの楽しみ方だろう。
 第2部のトリを飾るのはアンコン編の主題歌「アンサンブル」。北宇治OB楽団の演奏と歌声が曲に込められた想い、そして一度きりの時間を大切に掬い上げていく。響け!ユーフォニアムが自分にとって一体どんな作品なのか、頭の中にある一続きの記憶が曲とともにコマ送りで再生される。こうして第2部は澄み切った心のまま終わりを迎える、ことはなかった。
 ステージの照明が消えたかと思えば、ステージ端で何やら長い髪をした女性がいるのが見えた。胸に抱える銀のユーフォニアムは、スポットライトの光を反射して美しく輝いている。すると、ユーフォニアムのベルから柔らかな音色が響いてくる。「アンサンブル」からつながるように始まったその曲は黒江真由が演奏する「ムーンライト・セレナーデ」。そう、アンコン編を観た人間の心くすぐる仕掛けがここにも隠されていたのである。曲の途中からは北宇治OBの演奏も加わり、ジャズの名曲が丁寧に作り上げられていくのだが、どこか不気味な印象はぬぐえない。そして曲が終わると、ホールにまだ余韻が残る中で、黒江真由は舞台裏へと消えていくのだった。

 さて、休憩を挟んで始まるのは第3部「おまつりショータイム」。名前の通り第2部とは打って変わって、会場が盛り上がること必至の曲名が並ぶ。祭りの始まりを告げる1曲目は「Starting the project」。晴香世代の卒部会のシーンでも演奏され、まさにお祭りにはもってこいの曲である。もちろんクラシックもいいが、個人的にはこういう血が滾る、いや“赤血球が踊る”ようなノリのいい曲がやっぱり欠かせない。
 そこからは2曲連続で麗奈と久美子のキャラクターソングが続く。あまり触れられることのないユーフォのキャラクターソングだが、どれも解像度が高くてお気に入りだったりする。それはともかく、北宇治のボーカルお二方がコスプレで登場、「心響プロジェクター」と「明日へのEuphony」を最高に熱く歌い上げる。その中でくみれい推しなら昇天してしまうかもしれない場面もあったのだが、書いているうちに私の頬も勝手に緩んできてしまう気がしたのでやめることにした。ただ、食い入るように楽しんでいたことだけはお伝えしておく。
 キャラソンの時間が終わり、コンサートも終盤に入りつつある中、演奏される曲は「愛を見つけた場所」。大吉山のある宇治の街で、この曲を聞けることに感動していた私だったが、なんとこのタイミングで上田じんさんが登場した。「三日月の舞」で登場することを予想していただけに、最高のサプライズとなった。そこから北宇治OBのユーフォ奏者の方と上田さんの掛け合いが始まるのだが、これが言語化できないくらい最高なのである。上田さんのトランペットの音色は、なんというかシルクのように滑らかで柔らかく、それでいて華やかなのに、一本の細い糸のように芯が通っている、そんな印象を受けた。とにかく、すごいのである。そしてユーフォ奏者の方もしっかりとトランペットのメロディを支え、上田さんと対等に美しい音色を響かせているではないか。プレッシャーと感動の同居するような人生で二度も経験しないだろう精神状態なのではないかと勝手に推測するが、こちらも負けないくらいすごい。
 二人の甘美なハーモニーに、後半からはバンドが加わる。公式定期演奏会でも聴くことのできない、今日限りの特別な演奏。きっとステージに立っていた人間にとってはもっと格別で、そして終わってほしくない時間なのだろう。だんだん、自分の目頭が熱くなるのが分かる。演奏が生み出した感動は、あの場にいた全員が共有しているような気がした。

 素晴らしい演奏と上田さんの爆笑トーク(割愛)で会場の雰囲気が最高潮になったところで、いよいよこの曲。宇治文化センター×上田じんさん×オーディション、そう「三日月の舞」である。北宇治OBの方も心なしか一段と気合が入っているように見えた。この場所でこの曲を聴く、演奏することの意味は多くのユーフォファンが知るところのはず。私は息をすることも忘れて、素晴らしい演奏と響け!ユーフォニアムの世界に浸っていた。
 
 花束の贈呈を上田さんと指揮者の方は退場したが、それでも拍手は鳴りやまない。1秒でもいい、もっと聴いていたい。その気持ちから私も拍手をやめなかった。そして舞台袖から二人が戻ってきて始まったのは「テキーラ」。第1部で演奏された「ディスコ・キッド」同様、「テキーラ!」と掛け声をするのが特徴的な有名曲である。盛り上がる一曲に、再びホールは熱を帯びはじめる。
 そして、いよいよ最後の曲だ。最高に盛り上がったコンサートを締めくくるのは「ウィヴァーチェ!」。タクトに導かれてこの場所にやってきたのは、きっと私だけではない。指揮者も、奏者も、ボーカルも、観客も、みんな好きを忠実に追いかけてきた。それは響け!ユーフォニアムの、音楽の持つ不思議な引力なのではないだろうか。そして、それにこうやって身を預けてみるのも悪くない。そんな素敵な時間を宇治で過ごすことができた。

 というわけで北宇治OB楽団の皆さま、上田じんさん、一緒にコンサートを盛り上げたファンの方々、本当に素晴らしい時間をありがとうございました。次の曲が始まるのを、いまから楽しみにしています。