道尾秀介 『N』はまったく新しい読書体験だったか

この感想文は、書きたいから書いているのですが、せっかく面白い本に完全に水を差しています。話の内容には一切触れていないのですが、本の仕掛けの話なので、面白い本の面白さが20%くらい削られてしまうかもしれません。

Youtubeで流れてきて、興味を持ったので、買ってみました。覚えている範囲で動画では

  1. 6章構成で好きな順番で呼んでいいこと

  2. 1章ごとに印刷の向きが逆になっていること

  3. 読む順番によって6!=720通りの物語が読めること

を言っていたと思います。本帯にも同じ感じで書いてありました。

めっちゃ面白そうと思って、実際面白かったのですが、まったく新しい読書体験ではなかったと思い、その部分についてどうしても書きたくなりました。面白かったので、おすすめなのですが、それはそれ、これはこれです。

まず、私の読んだ順番は「犬→少女→花→硝子→魔球→雄蜂」です。
ある章の脇役がある章では主役、時系列もばらばらで同じ世界で生きている人物や動物たちがかかわりあって、ある章では謎だったことがある章では解き明かされたり、他の章で解決されると思っていたものがしなかったりとかします。

この、章ごとに時系列、視点ばらばら、読者の中ですべてがつながるという形式の小説、私が初めて経験したのは伊坂幸太郎でした。読書量は少ない方なので、伊坂メソッドではなく、前にもそういうのを書いていた人はたくさんいたのかもしれませんが、今回の新しい読書体験の殆どは伊坂体験に重なってしまいました。

なので、新しくないのです。トゥルーマンショーを20年遅れで見てメタフィクションの初体験とはならなかった時の感覚です。

しかし、私も自分でずるいと思うのは、私が一回しか通しで読まないということです。一回読んだ人間としては、新しい読書体験とはならないのですが、詳細ではなく一言だけの感想を書いて、記憶を消してもう一回読んだら、全然違う一言感想を書くと思います。(詳細に書くと全章に言及してしまうので、同じ感想文になってしまうと思います。)

記憶を消さなくても、二回読める人もいるなか、私に同じ本を二回楽しく読む能力がないために新しい読書体験を逃した可能性は存分に有ります。

あと、6章全部面白かったですが、順番がベストではなかったと思いました。私は正直最後を飾った「雄蜂」が、話としてとても気持ち悪く感じてしまい、全体が引っ張られ読後感が悪い作品となってしまったのですが、「花」とかで終わっていれば、感傷的な読後感で本全体の印象もよくなっていたことと思います。私の好みとして最下位とブービーの雄蜂、魔球が終わりの方に固まってしまったのがよろしくなかったです。(読む順によって読後感が違うのは確かです。)

もう一つ気になる点は、これらの章に発表された順が存在するということです。最後の方に初出が書いてあるのですが、各章が月刊誌の何年何月号に掲載されたものか書かれているので、「なーんだ。これが正順か」という気持ちにもなってしまいました。

要するに小説自体は気に入ったのですが、小説の仕掛けは私にはピンとこなかったとそれだけのことなのでした。私一人の中で完結させたときに新しい読書体験にはならなかったのです。他の人も含めた広い視野を持つ人や、二回読める人は新しい読書体験になりそうな気がします。

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