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アオのこと抱きしめたかった

いまから書くことは、私の特別良く知る人の話ではない。
彼女のことは良く知らない。
名前とご主人と娘さんと息子さんがいること。
とても仲の良い家族でいつもみんなで一緒にいて、日溜まりのようなそんな人たちの話。

彼女との共通点は下の子が幼稚園から中学卒業まで同級生だった。我が家は女子で、そこの子は男子。
アオと呼ばせてもらう。
私達は子供の母親として知り合い、お付き合いをしていた。会えば挨拶を交わして、たまに話はする。
いつもニコニコして明るくて活発。誰からも愛される人柄で 、気さくだった。
「おうっ!元気~?」
という声で空気がパッと明るくなってみんながホッとする。
子供への愛情もとても深く、それでいて決して押し付けがましくなく対等だった。

子供が小学校低学年の頃、家庭科の授業で調理実習が行われた。数日前に、担任からほうれん草を持ってくるように言われていたのに、娘も私も忘れていた。

前日になって、ほうれん草!と騒ぐ娘に、
全く!と文句を言いながら私はスーパーに走った。
スーパーの野菜売り場でウロウロしているとバッタリ彼女と会った。
「ほうれん草!?」
「そう!」
「うちも!あと二個しかないよ、ほれ!」
自分の取った分を私のかごに入れてくれて、残りの一つを自分のかごに入れる。

「ありがとうね。」
「焦るよね。ほうれん草売り切れ!みんな同じことやってたりしてね」
キュートに笑う彼女は本当に可愛い人で、その日もキラキラしていた。

そんな人だから友達も多くて、彼女の周りにはいつも多くのママ達がいた。
取り巻きとかそんなものではなく、ごく自然に彼女の人柄が集めた人達だった。

その光景は私には眩しすぎて、綺麗すぎてその中に入っていく気にはなれなかった。
定期的に行われる行事も誰よりも早く行くような彼女と、時間ギリギリか数分遅れるような私とでは不釣り合いだし、どこかでめんどくさいと思ってしまう自分とは違い、一瞬一瞬を全力で楽しんでいるその姿に私は引け目を感じた。
だから少し距離を置いていた。優しくされることに嬉しさを感じながら。大人気がなかったと思う。
そのあと一緒にPTAの役員をやることになった。
毎回毎回集まる度に、彼女に助けてもらった。私が仕事があるから時間がかかるかもしれないと言えば代わりに作業をやってくれたし、誰もやりたがらないことを率先して。
アイデアも沢山出してくれた。
みんなが、やりやすいように考えてくれて仕事や他の用事で集まれない者がいれば必ず彼女は現れた。

「私、仕事してないからさ、いいのよ」
その言葉に甘えてお願いしてしまった。

みんなで話をしているとき、家族の話が出ると、彼女は時々毒を吐いた。
だけど、誰も嫌な気持ちにならなかった。
いまならわかる。
毒を吐いても毒がないからだ。
本来誰もが持っている毒というものがない。
見当たらない。
人徳なのかもしれないが、見当たらなかった。
息を吐くように出ていく毒を持たないようにしているのかも?
あえて?そんな不自由を操ったり出来るのならとんでもない人だ。
私とは違うな。
キラキラしている。何かを相談したら、全部で寄り添ってくれるんだろうな。
この人を嫌いだと思う日は来ないだろう。
それは確信していた。
それから、一緒に中学校に上がった。
今まで通り、会えば言葉を交わす。
手を振り合う。
変わったのはお料理のサークルに誘われて何回か行ったことくらい。
餃子を皮から作って、集まった数十人で食べた。丸くなってお茶をして、グループラインに登録をした。
私はそのメンバーになり、学校からの情報などの交換ができるので有り難かった。
楽しい時間を共有でき、尚且つ学校の子供のことを知ることができる場となった。
あと一年もしたら、子供は高校受験だねぇと友人と話していた頃、あることに気がついた。
学校行事があっても、彼女がいない。
いつも一眼レフカメラをぶら下げて、前の方に座っていた。ご主人と三脚をセットしてあれやこれや触ったり場所の確認をしていたのに。

今日は来ないのかな?
だけど、そのあとの発表会だとか授業参観だとかでも見かけなくなった。
友人とは「どうしたんだろうね?」
と話しはしたが、良くわからなかった。

子供達が最終学年になっても、やっぱり彼女は来なかった。
娘に聞いてもわからないというし、私もそんなに友達が多い方ではなかったから、誰にも聞けないでいた。

そのうち、子供の高校受験で自分達も周りも忙しくなっていった。

もう今年も終わるという頃、
ラインの通知音がなった。
彼女が亡くなった
という知らせだった。

ひっそりと入院をして治療をしていたようだった。ごく僅かな限られた人だけが知っていたらしい。
お通夜と葬儀の場所と時間が知らされる。
私は呆然とそれをみていた。
何も知らなかった。
なんていうこと?実感がない。

本当に?
最後に会ったのは、最後にあった日もニコニコしてその場にあなたがいるだけで場が和んだよ。

本人と家族の意向で行われた音楽葬というものに私は参列した。
入り口で香典を渡す。
知り合いばかりだった。
私達は声を掛け合って、
涙を流した。ゆっくりと斎場までの廊下を歩く。
バックミュージックは彼女が大好きだったというアーティストの音楽が流れていた。
壁際に写真立てが並んでいて、一つ一つ見ることが出来た。
ご主人とのデートの写真、毎年一緒に過ごした二人が楽しそうに写っていた。二人の歴史だ。
結婚式の写真。美しい黄色のドレス。
まばゆい光に包まれている。
二人家族から三人へ。
女の子を抱っこしている。まだ若いね。
新米のパパとママ。彼女がいとおしそうに抱いていた。
そして、アオがいた。
四人家族になっている。アオは今も美少年だけど赤ちゃんのころから可愛いんだね。
姉弟の写真も飾られていた。
お姉ちゃんの膝の上にアオが寝転んでいる。
ダメだ。涙でグシャグシャになった。

斎場には、イスが沢山並べられていてあっという間に人で埋め尽くされた。
あちこちで泣き声が聞こえてきて、私はその声を聞いていた。
棺桶に横たわる彼女に一人ずつ一輪の花を手向けていった。
彼女は眠るように、そこにいた。
綺麗にメイクされて、美しかった。
とても安らかに本当に眠っているように、声をかけたら今にも目をあけて、ニコッと笑ってくれそう。
命の灯火は消えてしまったのかもしれないせけれど、魂というものが存在するのなら、きっとここにいるね。

ご主人とお姉さんとアオが前に立ち見守っている。
お姉さんもアオも彼女に似ているような気がする。マスクをしているが、なんとなくそう思った。
凛とした聡明な顔立ち。
またあちこちで嗚咽が聞こえてくる。
ご主人が「この後はみなさんで妻を思ってお話してください。本人もそれをよろこぶと思います」と言った。

「どうして、どうして?」
「信じられない。あんなにいい人が」
「闘病してたなんて知らなかった」

「娘さん、お母さんの病気のこと知らなかったんだって」
「アオは高校決まったんだって」

私は口をきけず黙って聞いていた。
ゾロゾロと出口に出ていき、ロビーでは誰もが帰りたくない気持ちになっていた。

ピシッと制服を着たアオが立っている。
アオが入れ替わり立ち替わり声をかけられているのが見える。
私は誰もいなくなったのを見計らって駆け寄った。
「えっと、おぼえてる?」
「○○のお母さん」
「そう。昔お母さんに親切にしてもらったの。調理実習があったときね」
「ほうれん草!」
「そう!覚えてるの?」
「そこにいたから」
思い出した。
アオもいた。お姉さんも、ご主人も。
四人でいた!あの日溜まりのような家族。
「あの時嬉しかったんだよ」

今ここで話す話なのかわからなかったけれど、私にはそれしか言えなかった。
そのエピソードが印象深く残っていたから。

そして、葬儀は終わり友人の車に乗せてもらい帰った。帰り道、また思い出した二人で
「あの人のこと嫌いな人なんていないね。」
「いないね。」
と話した。

数年後、スーパーの駐車場でご主人とお姉さんとアオを見かけた。ものすごい量の買い物袋を車の後ろのトランクにいれていた。

三人とも笑っている。私は停めた車の中からスマホをいじる手を止めてずっと見ていた。
そのあとも近所のコンビニで買い物をする姉弟をみかけた。
二人ともニコニコしてあれやこれやと選んでいた。この時も車の中から見ていた。
ほっこりした気持ちになった。

彼女の死を、あんなにみんなが嘆き悲しみうちひしがれた。
本当に悲しくて苦しくて、何か出来たら何でもしたいと思った。
女手が必要なら言ってよ!と言いたかった。

でも時間の経過と共にそれぞれが自分の生活に戻っていった。
私が知らないだけで、今でも関わりを持ち
親切に何かを手伝ったり声をかけている人もいるのかもしれない。
いるはずだ。あんな素晴らしい人だったんだから、ほうっておくわけない。
でも、私はたまに見かけて元気そうな顔を見て安堵するだけ。

数か月前、夕方最寄り駅近くの雑踏の中を歩いていた。学生や仕事帰りの主婦が駅から流れてくる。
群衆の流れに逆らい、私は駅に向かっていた。
あれ?
男の子とすれ違った。
マスクはしていない。細くて華奢な身体に
中性的な整った顔立ち。身長は伸びている。
アオだ。
いや、でも顔が強ばっている?アオはいつも柔らかい顔つきをしていた。

思わず振り返った。
「アオ?」
届かない。ぐんぐん先を歩いて制服の後ろ姿が小さくなっていく。
アオ、あんな顔するんだ。

アオは曲がり角をさっと曲がって消えてしまった。
しばらく立ち尽くしていると、人が溢れてきて邪魔だなと思った。近くのマンションの下の壁に寄りかかった。

あの数年前の葬儀の日。
みんながアオを心配して声をかけた。
まるでドラマの主人公のように注目して見つめた。
でもあれから時間の流れと共にアオのことを考える時間は減っていってしまった。

調子の良い大人たちだ。
今はすっかり自分の生活に重きをおいている。
私は寄りかかりながら自分と対話していた。
そして、心の中でアオを思った。

アオへ

アオ、元気にしてる?
高校生活はどう?部活は?
もう進路のことで大変な時期かな。

さっき君とすれ違ったよ。
ちょっと怖い顔をしてた。何かあったの?

あのね、私と君のお母さんはそんなに仲良しってわけじゃなかったの。
でもね、なんかさなんか好きだったんだ。
もっと仲良くなれたら良かったのに。

でね、ちょっと気持ち悪いこと言うね。
さっきの君の顔を見たとき、君のこと抱きしめたいって思った。
そんな年じゃないね。わかってるよ。
でもね、手を振りほどかれても抱きしめたくなったの。
なんでだろうね。

毎日君のことを思ってるっていったら嘘なんだ。
でも思い出したいって思ってるよ。
今度どこかで見かけたら声をかけてもいいかな?
またどこかで会えるよね!
それまで元気でね!
アオ。

ああこんな時間だ。行かなくちゃ。

私は彼女のことをやっぱりちゃんとは理解できていなかった。
だけど忘れずに生きていく。
これからも。







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