女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~ 第23話 穢れ祓い 其の一

 鬼門の中に入ると、そこは一筋の光もない闇の世界だった。

 ここが鬼門の中なの? 何も見えないわ?

 私は漆黒の闇を前に恐怖を感じ身震いさせた。

「安心せよ、双葉よ。すぐに明かりが灯るからの。ほれ、見てみい」

 雷電丸がそう言うと、遥か奥の方から点々とした小さな明かりが灯って行き、それは徐々に近づいて来た。

 一陣の風が私の横を通り抜けて行った。炎の様な明かりはその時、私の間近に灯った。

 見ると、数えきれない程の松明の炎が奥の方から見え、それは一本の道を創り出しているようだった。明かりに灯されて出現した道には連なる様な鳥居の姿が見えた。

『これは千本鳥居?』と私は思わず口をついていた。

「数は分からん。しかし、数えきれん程の鳥居があるのは昔からじゃ」雷電丸はそう言いながら、ゆっくりと鳥居の下を歩き始めた。

 すると、背後から沼野先輩の声が聞こえて来る。

 良かった、沼野先輩も無事にこちらに来れたのね?

「高天、間違っても道から外れるなよ? もし一歩でも道から出ると取り返しのつかないことになるからな」

 道から外れるな、ですって? もし一歩でも道を踏み外したらどうなるんだろうか? 

 すると、雷電丸は分かり切ったように沼野先輩に返す。

「ああ、分かっておるよ。地獄の底へまっしぐらなんじゃろ?」

 地獄の底にまっしぐら、ですって⁉ それってどういう意味? いや、私は既に理解している。それが言葉通りの意味であることを。つまり、この道以外の真っ暗な空間は地獄に繋がっているということなのだろうとすぐに理解した。

「それを何処で聞いた?」

「知っておっただけじゃよ。国譲りの儀は初めてはないからの」

「女なのに鬼門を通れたことといい、お前、本当に何者なんだ?」

 そう言いながら、沼野先輩は私の横に並んで歩き始めた。

「以前にも言った通り、ただの相撲好きな女子高校生じゃよ」

 沼野先輩は何かを言いかけるも、吐きかけた言葉を呑み込んで嘆息した。

「まあいい。今回の穢れ祓いが終わったら詳しくお前の話を聞かせてもらうからな」

 沼野先輩は苛立った声で呟くと、スタスタと前を歩いて行った。

「お前が念話で木場先生と何を話していたのかも、洗いざらい話してもらうからな」

 沼野先輩は後ろを振り返らず、苛立ちに塗れた声を張り上げた。

 木場先生と念話で会話していたことに沼野先輩も気付いていただなんて。でも、よくよく考えてみれば沼野先輩だって只者じゃないのよね。他のキャラのインパクトがあまりにも強すぎて忘れがちだったが、こんな非現実的な場面に平然といる沼野先輩だって普通ではないのだ。念話のことを知っていても不思議ではなかった。

 しばらくの間、千本鳥居を歩いて行くと、ようやく終着点に到着したようだ。

 道の先には再び鬼門が佇んでいた。

「この先が儀式の間になっている」とぬ間の先輩は振り返り静かに告げた。

「この先に穢れどもが待ち構えているんじゃろう? ククク、楽しみで仕方がないわい。果たして、現在の穢れどもはどれほど強くなっているのか、思うだけで武者震いするようじゃわい」

 すると、沼野先輩は雷電丸の瞳を凝視しながら静かに呟いた。

「高天、今からでも遅くない。ここから引き返せ」

 沼野先輩は険相を浮かべながら言った。

「ここまで来て引き返せるわけがなかろう。錦よ、何を言っておるんじゃ?」雷電丸は目を点にしながら首を傾げた。

「棄権しろと言っているんだ。木場先生はああおっしゃっていたが、オレにはお前が特別な存在だとは思えない」

 沼野先輩は静かに呟くと、ジッと雷電丸の瞳を凝視する。彼の瞳からは侮りや蔑みなどの色は見えない。心の底から雷電丸を心配しているような空気を感じた。

「錦よ、儂に負けておいて、その言い草はないのう」雷電丸は不満げにポリポリと頬をかいた。

「ああ、確かにオレは真剣勝負の取り組みでお前に負けた。でも、あれはオレも全力じゃなかった」

「負け惜しみ、ではなさそうじゃのう。説明はしてくれるんじゃろうな?」

「お前も見ただろう。木場先生の圧倒的な力をな」

 私の脳裏に、腕相撲で木場先生が雷電丸を圧倒した記憶を思い起こす。

 あの時、木場先生は何故か目が蒼く光り輝き、次の瞬間には机を吹き飛ばし雷電丸の背を土につけて圧倒的勝利をおさめていた。

 すると、沼野先輩は鬼門の前に行くと、雷電丸に振り返って身を屈めた。

「もう一度勝負だ。全力のオレに勝てたら国譲りの儀の参加を認めてやる」沼野先輩はそう呟き両拳を地面に置いた。

「ふむ、どうやら本気のようじゃの」にたり、と雷電丸は口元を緩めた。

『ちょっと待って、雷電丸!? どうして二人が争わなければならないの⁉』私は慌てて雷電丸を止めようと声を荒らげる。

「男と男の勝負に理由も状況もないわい。双葉よ、ちくと黙っておれ。すぐに済むからの」雷電丸はそう言って沼野先輩の真正面に回ると、自らも身を屈めた。

 雷電丸と沼野先輩は互いに鋭い眼光を発する。それは空中で衝突し、火花が散っているかの様に見えた。

 その時、沼野先輩の瞳から青白い炎の様なものが迸る。それは木場先生の時と似たような青い光だった。

 次の瞬間、雷電丸が両拳を地面に置くのと同時に、両者の鋼の肉体は激しくぶつかり合った。

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