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ELLE

今回はELLEについて。
ポール・バーホーベン監督の作品です。
あらすじを凄く簡単に言うと「暴行された女性がその後警察に言わず。ではどうしていくのか」といったところでしょうか。
難しいですし、見る度に細かく印象も変わるような味わい深い映画です。
主人公ミシェルを演じるイザベル・ユペールの表情に何度もやられてしまいます。
どんな感情にも読み取れるような。すごい女優さんですよね。

以前、プロミシング・ヤング・ウーマンの記事でELLEについて触れました。
観直してみてやはり、関連付けたくなるような戦う女性の姿。
この映画の考察、感想を見ると主人公に対して否定的な意見がいくつかあり、それもプロミシング・ヤング・ウーマンと同じだなと共通点に気づきました。
戦う姿とは、なにも剣を持って斬りかかっていくことだけではないですよね。
男女問わず、敵を倒していく姿をカッコよく見せる映画というのは確かに魅力的ですが、武力だけではなく、強い精神力と耐える力というのを「戦う」として見ると、評価も変わるのではないでしょうか。
知らず知らずの内に、戦うとはこうだ、普通なら暴行されたら警察に言うなどの価値観は凝り固まっていくもので「普通ではない戦い方をする女性」に対してどう感じるのか。そういう問いかけをする映画でもあると思います。


主人公ミシェルは自宅で突然襲われます。が、病院にはいくものの、警察には行かずいつも通りの生活をしようとします。
まず、ここでミシェルが「生活の営みを止めないよう努めている」と感じるどうかで、この映画との触れ方も変わると思います。
決して涙も見せずに服を捨て、風呂に入り、仕事をする。こういった姿を見てな~んだ気にしてないじゃん!とは思えないです。私はね。
彼女の内なる怒りというのは、並大抵のものではないんです。そのポテンシャルがあり、歴戦の戦士である。解決しない問題と共に生きてきた彼女が、まさかそんなやられっぱなしではないんですよね。
しっかり催涙スプレーや武器を買って自衛しています。そんな自衛をさせないで!

彼女の異質さは「被害者だけどコントロールしようとする」という点だと思います。
被害者は悲しんでいるのが普通だ、という思い込みがあるから、そこに異質さを見つける。
家族の問題も根本的な解決は出来ない。それでも生きてきた彼女の生活を踏みにじった男に怒りを覚えない訳がない。なのにあまり感情的にならず、淡々と事実を飲み込む彼女の異質さ。

攻撃的な衝動は、制御やコントロールを覚え、自分に嘘をついてでも抑えるべきですよね。
それをしない者によって被害を受けたのに、被害者の態度はこうあれという押しつけもある。実際に言葉にされなくても、ミシェルの行動を読み取れないのは「被害者なのに」という気持ちからではないでしょうか。だからミシェルの態度に違和感を覚える。
「被害者たる者、悲しみ、傷つき、制御不能であれ」ということでしょうか。屈することなく、普通を装うことは、脅威であり異常なのか。
「起きなければ、する必要がなかった」ことをさせたのは加害者です。する必要のないことをせざるを得ない。そんな人を裁くのは難しいはずです。

大好きなイザベル・ユペールが肌を多く見せますが、やはり「エロい」だの「美魔女」だのといった感想を目にします。歳の割には綺麗という事でしょうか。
そうじゃないでしょう。ポルノ映画とでも言いたいような感想。
好みは人それぞれだし、尊重したいですがまさか性被害の映画にそんな感想があるなんて。
イザベル・ユペールの女優魂は素晴らしいし、こういった視線を注がれるのも承知の上だとは思います。
でもこの手の感想に、単なる観客の私ですら違和感と不快感を感じるのに彼女は…と考えずにはいられません。
そういう映画ではないのに、肌が見えると思考は一直線で下半身に。落ち着いてほしい。
作中、ミシェルが性的に奔放な部分はありますがそれに対して「暴行をきっかけに欲望が開花」、「性欲旺盛」といった評価。
そこに辿り着くには要素が断片的だと思います。女性が兼ね備えている動物的な衝動は揶揄する。
そもそも、人間たるもの衝動を抱えているものです。暴行をきっかけに開花したものがあるなら、それは怒りや復讐では?
犯人の性的な衝動のバックグラウンドは気にせず、(特に描写もありませんが、あったら共感する人も出てくるかもしれない)
そういうものとして扱い、彼女に対して性的に楽しんでいると評価する。こういうものに、ミシェルは苦しんできたのではないでしょうか。
監督は、エロい映画を作りたかった訳ではないと思います。この映画にエロを見出すなんて。


犯人に抵抗し相手を仕留める想像をして、口元を緩めるミシェルを見ても、性に貪欲だと思うのでしょうか。性的に満足したから、楽しんだから警察に言わないという意見は、このシーンで否定できると思います。
彼女の父は殺人犯です。
父の説明のシーンの直後にこの妄想をつなげる構図自体、ミシェルに流れる父の血も作用し、最大の抵抗も不可能ではないという事ではないでしょうか。
彼女が悦んでいるだなんて。
それだけは違うと思います。
父の起こした事件で苦しめられたのは事実。そんな父を持つ私。と考えると、有事の際にその血の濃さを見せてやろうと想像するのは理解に苦しむ心理描写ではないと思います。
ミシェルが犯人を飼い慣らすような扱いをしていたのは、彼女の支配という抵抗かもしれません。
性の瞬間的な満足の為に利用したのかもしれません。不思議ではないです。彼女も人間なので。
利用することも復讐です。

息子、元旦那、親友のことなど色々触れたい部分はありますが、そのあたりは他にも沢山の映画好きたちが考察していらっしゃいます。
あえて私が書くまでもなく、様々な意見があり、楽しめると思います。
世の中には頭の良い人が沢山いる。尊敬!

映画に出てくる女性に対して、性的に従順であることを求めたり、被害者の在り方を決めたり、そこに性的な満足を持ち込んでくるような意見、感想を少数派にしたくて書きました。
ミシェルの対応は間違っていたのでしょうか。
間違っているのは犯人です。間違えようがない。
悲しむより、怒りで行動する人間もいます。
一緒に怒ってくれた方が癒えるのが早い傷もあるんです。
人間は複雑な生き物です。表面的な部分だけで判断を下したり、誰かの傷を増やさないよう、寄り添う気持ちを持ちたいです。

たかが映画かもしれません。
ですが、創作物が発するメッセージを読み誤ることはあっても、笑うようなことは好きじゃない。
愉快なコメディ映画ではないなら尚更。
ELLE。この映画は特に違うでしょう。
いろんな映画の記事で「愛情深く人と接すること」について最高だね!と書いてきました。これからもそうです。
どの映画にも愛情はあり、ELLEにもある。
困難に立ち向かう人の心のしなやかさ、強さを面白おかしく評価するのはしたくありません。
映画の感想といえど、誰かを不快にさせたくない。肝に銘じます!

この映画を観せてくれた友人へ。
ものすごい感謝をあなたに送ります。

やかましくここまで書いてきました。ここまで書けるほど好きな映画です。
何度も観てやっと分かる映画だと思います。機会があれば是非。

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