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続 青臭い女と擦れた男の話

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直也の事情

3か月前・・・

突然義父の危篤の知らせを受けた。
直也は、義父を安心させたい思いから、帰郷の際美羽に同行を申し入れた。

・・・不覚にもあっさり逃げられた。

直也がまだ胎児の時、母親の弥生と朱音の父親が再婚した。
その後2人の弟妹が生まれ6人家族になったが、父も母も分け隔てすることなくそれぞれを愛しんだ。

直也の脳裏に収められた古いアルバムには、いつも微笑んでいる両親とヤンチャな4人の幼子が戯れている。

実の父親の顔は見た事もないし、名前も知らない。然し、直也は、逢いたいと思った事は一度もない。

ある会社の社長の秘書だった母が、不運にも身籠り、手切れ金を持たされ解雇された。当然のように実の父親は直也の認知をも拒んだ。

当時、朱音の母を亡くしたばかりの義父は、マンションの隣室に住む弥生と良く顔を合わせていたという。親しくなり、お互いの身の上話からの同情が、いつしか愛情に変わっていったという。

その母も直也が中学生の頃、事故で帰らぬ人となった。
義父は母亡き後も、他人の妾腹である直也に惜しむ事無く愛情を注いでくれた。直也が、関東の大学を選び下宿生活を始めてからも、義父は折に触れて連絡をしてきた。

義父は、達筆で文字を書くことを厭わない人だった。
セピア色にも見える和紙に流暢な筆文字で、安否を気遣う言葉が綴られていた。締めくくりには決まって、父の造語で「好故郷」と書かれていた。
家は良いので偶には帰っておいでと言うことかな?と直也は勝手に解釈していた。

義父は、今際の際まで直也の暮らしぶりを気にしていた。
弟が沈んだ声で電話してきた。
「今日明日中には、だめだろうって言われたよ、もし、婚約者でもいるなら妹を迎えにやったから一緒に帰省して欲しい」

枕元に駆けつた泣きそうな直也の顔見ると、義父は安堵したかの様に目を閉じて、直也の手を握ったままこと切れた。放心状態の直也は義父の手の力が抜けるのを感じて、彼の意識がこの世から消え去るのを実感した。

どんなに請うても、彼の声は二度と聞けない、優しい温もりも感じることはできない。堪えていた物が直也の目から零れた。弟達に背を向けた肩が小刻みに震えていた。
「今だけ」と心で言い訳した。

大学生の妹と、地元企業に勤める弟が義父と同居しているので、直也は安心して学生時代の延長で、関東圏に職を求めた。
こんなに早く別れが来る事を予測できたら、地元で職に就いたかも知れない。

其れでも、自己満足ではあるが、義父の最期に耳元で感謝の言葉を伝えることが出来た
「いっぱい愛してくれてありがとう!お父さん」

美羽との再会に慌てる直也

義父のお陰で優しい男に育てて貰ったが、母親譲りの甘いマスクと、実の父親譲りの女好きはどうしようもなかった。

30歳を過ぎて尚、次々と女性に食指を伸ばして遊んでいるなどと義父が知ったら、どんなにか嘆いた事だろう。

直也にすれば美羽もその中の1人位にしか考えていなかった。
だが、思いのほか美羽は硬過ぎた。
足繁く通っていても一向に心も身体も許してくれない。

不思議なことに、いつの間にか10歳以上も年下の美羽に、夢中になりかけている自分が居ることに驚いていた。
理由の一つに、美羽と朱音が瓜二つだったことが影響しているかもしれないと思い至った。
自分が軽いシスコンかもしれないという事実に驚愕した。しかし朱音を一度も異性として意識したことはなかった。

3か月前のあの夜、同行を拒まれた直也は落胆し、暫く、自分の心を冷静に見つめようと姿を消した。
普通の男ならここで女遊びはやめるのだが、自分の女好きの手強さに悪戦していた。スタンデングバーで、偶然隣り合わせた女性のマンションに出入りするようになっていた。

朱音が、光輝の事で相談事など持ち込まなければ龍苑に来る事もなかった。
兄弟の中で、唯一血の繋がらない朱音だが、幼少期から「ねえね、ねえね」とつき纏い、朱音もいつも守ってくれた。
そんな姉の一大事に駆けつけない弟など、人間ではないと意気込み席を設けた。

龍苑を選んだ理由には、気の置けない仲のマスターやママのいる事。そして長時間の利用も遠慮のいらない場所だったからだ。決して美羽を意識して選択した場所ではない。

だが、運がいいのか悪いのかバッタリ美羽と出くわしてしまった。
昨日は、見られていたとは気付かなかったが、今日は入口で捕まってしまった。慌てた直也が選択したのは道化師に徹することだった。いやいっそ詐欺師もありかな?と思った。

美羽を激昂させる効果を望んだわけでなく、取り繕う術を知らなかっただけだ。遊び人の直也らしからぬ行動だが、実は、妙にシャイな感情の持ち主でもあった。

そして直也の口をついて出てきた言葉は、半分は願望だったかもしれない。



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