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続 青臭い女と擦れた男の話 4

前の話

気になるカップル


街路樹の葉が黄色く色づき、アルバイトから帰る私の肩にヒラリと落ちた。
大学からショップに向かう時は、少し汗ばむくらいだったのに、この時間は心地よい風が頬を撫でる。

直也と音信不通になって3ヶ月近くなる。毎日が忙しく楽しすぎてすっかり忘れていた。

アパートの階段を登ろうとして、焼肉屋の方へ何気なく視線を流した。
(・・・ん?)
直也によく似た男性が、同年輩の女性の肩を抱いて店の暖簾を潜るところだった。

後姿だったが、確かに直也の様な気がした。懐かしさと好奇心で思わず、遅れて暖簾を潜った。

先に入ったカップルは、奥の座敷に上がった様だった。
顔は確認出来なかったが、髪が長く、レンガ色のワンピースにレース網の薄いベージュのケープの着こなしが素敵な女性だった。

顔を確かめたい女性は、私よりは10歳位上の感じがした。
今にも、座敷に乗り込みそうになる気持ちを抑えるのがやっとだった。

「みーちゃん、久しぶりだねえ。真面目に勉学に勤しんでいたのかい?」
マスターが、水とおしぼりを持ってきて訊ねた。

(あれ?、さっきの直也じゃなかった?)
もし直也なら、マスターが平然としているのが変だ。然し3ヶ月前の件にも触れる事なくマスターはカウンターの奥に消えた。

私は、こっちから聞くのも悔しいので素知らぬ顔をして、タン塩にレモンを絞って頬張った。
やはり美味しい!ここのタン塩は別格なのだ。

お塩が違うのか牛そのものが違うのか?わからないが、何処に行ってもこの味に出会わない。それから厚切りロースも頼んだ。これも柔らかくメチャクチャ美味しい!

食べてるうちに、直也と女性の事などすっかり忘れて幸せな気分になった。
レポートの提出期限が迫っているのを思い出し、会計を済ませて店を出ようとした。

激似の彼女

その時、奥の座敷の襖が開いて髪の長い女性が出てきた。
私の息が止まった。私の姉そっくりな女性に、私は、
「由紀ちゃん?」と姉の名前を呼んでいた。

女性は首を右に傾け、不思議そうに私の方を振り向いた。彼女もまた息を呑んだ。

子供の頃から姉と私は、一卵性双生児と言われるほど良く似ていた。
お互いにそっくりな2人は、その場で固まった。

彼女の背後から、男性の声がした。
「どうかしたのかい、あかね?」
あかねと呼ばれた女性は
「う、ううん、何でもないわ。少し驚いただけ」

トイレから出てきたあかねは、私の方を見る事もなく、襖の奥に消えた。

その一部始終を見ていたであろうマスターが、私の肩に手を置いた。
「よく似てるよねえ!僕も入ってきた時、驚いたんだよ」

相手の男性が誰か、ここで訊ねれば良かったのに女性の顔の事に心を奪われ、そのまま店を後にした。

階段を登って自室に帰った後もレポートが手につかなかった。久しぶりに自宅に居る姉に、電話をかけてたわいのない会話が弾んだ。


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