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チョコレートブラウンの板塀のある家 5

突如現れた板塀

遠い昔に思いを馳せながら、雄介は獣道かと思われる坂を草を掻き分けながら登って行った。
突然視界が開けた先には、アスファルトで舗装された広い道の向こう側に、チョコレートブラウンの板塀に囲まれた大きな白い家が建っていた。

雄介は頭の中に幾つものクエスチョンマークを散らばせねばならなかった。四駆を乗り捨てた辺りには(大きな道らしきものは無かった筈だが?)と、辺りを見回しても他に家はない。道に迷ったのだろうか?

雄介が幼いころの赤木家は、生け垣に囲まれた古い家だった。
生け垣の中央に、小さな竹製の扉の両脇をを木柱が挟んで立ち、閂も紐付きでストンと落とすだけの簡単なものだった。

幼稚園から息を切らして帰って、門戸をこじ開け勢い余って閂を壊して、よく叔父さんたちに呆れられたものだ。
「あーあ、雄介またおじさんの仕事増やしてからに」と笑いながら修繕してくれた。

気を取り直し、アスファルトの道を渡り板塀の前に立った。確かに〔赤木〕と表札が出ている。
板塀にの入口には、インターホンまで設置されているので時の流れを感じつつ押してみる。
雄介の頬を優しく撫でる風と新緑の匂いに癒され、耳を澄ますと小鳥が
「ここで間違いないよ」と言っているようだ。

街中の雄介の家は、玄関を開けると様々な臭いが混じって鼻孔に飛び込んでくる。鳴き声と言えば、カラスが嘲る様に喚き散らして飛んでいるくらいだ。偶に、近所から聞こえる赤ん坊の泣き声に癒されもするが、これは同類だからかも知れない。こんな山中で、叔父さんたちは、人恋しくならないのだろうかとさえ思ってしまう。

インターホン越しに、
「はい、どちらさん?」と年配の男性らしき声がした。
「雄介です」と答えると、
「はて?どちらの雄介さんでしたかのぉ?」
「アキヨの息子の雄介です」
「・・・・ちょっと待っといてくだされ」
暫くして、玄関の戸が開いた音がして板塀の向こうから、
「手が届かんので、開けてはいってくだされ」

20年ぶりの対面である。
叔父の啓介は白髪になり、車椅子に乗っていた。
幼少期にお世話になったが、その後 、然程交流もなく子供時代は過ぎていった。
遠方の大学入学が決まった時に、1人暮らしになる母のアキヨの事をお願いしに来たが、啓介の記憶の中には雄介の顔は無いらしい。


建替えて日も浅いのではと思われる程、整然とし掃除も行き届いたその家で叔父は一人暮らしだという。
おばさんの美津子は早くに他界し、同居していた独身の長男実も、一昨年、啓介を残しおばのもとに旅立ったという。

あまりの奇麗さに驚く雄介に叔父は
「散らかす者もおらんけえの、偶に三男の嫁が来て掃除もしてくれるし」
と、寂しそうに語った。

次男の真也を婿養子に出し、三男は同じ町内とは言え、車で30分以上離れた所で家庭を持っているという。実は嫌々ながらも何度か見合いをしたが、結局独身を通したという。

実は、ちょっと偏屈で母親の時も自分の時も「親族に知らせるな!呼ぶな!」と寂しい葬儀だったという。子供の頃の実を知っている雄介には、想像もできない変わりようだ。雄介が悪戯をしても怒るでもなく、唯々微笑んで優しく抱きしめて撫でてくれた。

実は長子を慕っていたらしい。
長子が養女に出たと、聞かされてから性格が変わったと言う。雄介と同じく実もまた、長子は全寮制の学校に行ったのだと長い間信じていた。

何かの拍子に、長子の苗字が変わった事に気付き、激しいショックを受け、暫く誰とも喋らなくなっていたと言う。
弟の雄介でさえ、(ふーん、そうなんだ!)ぐらいで、然程衝撃を受けた記憶はないのに、余程慕っていたに違いない。




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