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食堂でつくっていたのは[Footwork&Network Vol.22 No.8]

出会った人にフォーカスして気づいたことを発信するF&N。今回は投げ銭スタイルの不思議な食堂「鬼丸食堂」を開催している鬼丸美穂さんを紹介します。

準備の始まり

小雨のぱらつく香川県丸亀駅前のロータリー。
スーツケースをごろごろ言わせながら、私たちは鬼丸さんと落ち合いました。普段は東京を中心に活動している鬼丸さんが、丸亀駅前に現れたのは、香川県三豊市にある宗一郎豆冨さんとのコラボイベントのため。今日はイベント本番を翌日に控えた準備の日です。「みんなよく来たね。私もだけど。」鬼丸さん自身も初めて行くという三豊は、日本のウユニ塩湖と呼ばれる美しい父母ヶ浜を中心に、地方創生の取り組みが注目されている町です。さっそくレンタカーを走らせ車で30分。現地をよく知る三豊市の父母ヶ浜ポートの店長に会いに行きました。店長と出会うと、車に鬼丸さんと私たちを乗っけて、産地直売所や、調味料を豊富に揃えた雑貨屋さん、瀬戸内で有名なレモンを加工するお店など、現地の人でないとなかなか知り得ないお店を紹介していただきました。そこで鬼丸さんは食材が並ぶ棚を行ったり来たりしながら、明日のメニューについてのアイディアを膨らませていきます。私はかごを持ちながら、次々と入れられるこの香川県の食材たちが、一体どんな料理になるのだろうと期待を膨らませました。

鬼丸美穂さんという人

鬼丸さんは、IT企業に勤めていながら、3×3 Lab Futureというコワーキングスペースにあるキッチンの管理やイベントの実施をしているキッチンコーディネーターでもある、2枚の名刺を持つ人です。3×3 Lab Futureをはじめとした各地のイベントを通して、料理を起点に人と人をつなげる場をつくるお仕事をされています。今回のイベントも鬼丸さんの友人が提案してくれたものでした。

「価値」を問うきっかけを

イベント当日、私たちは午前中から足りない食材を買いに走り、ぎりぎりまで仕込みをし、18時からの開店になんとか間に合いました。最初のお客さんは、三豊で塩づくりをしている方。鬼丸さんに塩をプレゼントしてくれました。その後も次々とお客さんが入って、30分後には一杯になりました。カウンターで鬼丸さんと話す人。友人同士で三豊の未来について話す人。全力でけん玉をする人。一人ひとりがばらばらに、ゆるくつながったこの場を楽しんでいます。そしてお客さんは帰るとき、お金を缶の中に入れていきます。そう、鬼丸さんが開催する食堂は、お客さんが満足した分だけお金を払ってもらう(お金でなくてもOK)投げ銭スタイルの食堂です。その理由は、モノの価値を改めて考えてもらうため。私たちは普段、当たり前のように値段の決まったメニューから選び、何も考えずに対価を払います。全く知らない人同士が価値をやり取りする手段は確かにお金。けれども関係性がある人だったらそれは必ずしもお金じゃなくてもいいんじゃないか。と考えたそう。場所を貸してくれたり、材料を持ってきてくれたり、芸を披露してくれたり。そんな、”お金” が強すぎる世界で、お金以外の価値に目を向けようとする鬼丸さんは、経済合理性だけに重きを置いた考え方に疑問を投げかけているように思えます。

失敗ってなんだろうか

鬼丸食堂のイベントも終わりに近づき、三豊に住むお客さんが笑顔で帰っていきます。心地よい疲労感に包まれて、食器の片づけをしつつ、ほっとしている自分がいました。ほっとしたのは、「無事に終えることができた」と思ったから。それはつまり「失敗しなくてよかった」と成果を気にする自分の存在を強く感じたのです。思えば、私はいつも「失敗してはいけない」と自分に呪いをかけて、成功しそうなことにしか手を出してきませんでした。今回のイベントも、鬼丸さん自身も初めての場所です。不確定要素が多すぎるなかで、私はもし赤字だったら…。失敗に終わったらどうしようと不安になっていました。そんな私と引き換え、鬼丸さんは不確定さ、先の見えない状態をむしろ前向きに楽しんでいるように見えました。イベントの一週間後、「もし、失敗したらと考えることはないのですか?」と聞くことができました。鬼丸さんは言います。「そのイベントだけを見たらうまくいかなかったとしても、そこでつながった人が新しい仕事や、イベントの話を持ってきてくれるかもしれない。そしたら長い目で見たら黒字になるんじゃないかな。」
短期的な視点、数字だけをみれば「失敗」かもしれないけれど、それを新しい出会いのための ”過程” だと捉えれば、必要な道のりだったと考えることができます。成果を気にしすぎていた自分にとって、「失敗」ってそもそもなんだろうか、と考えるきっかけになりました。

コトバをこえて

誰かに料理を作ってもらったり、一緒に料理をしたり。風邪をひいて、温かいスープをもらったとき。その瞬間、じんわりと心に何か満ちていく感覚があります。直接「あなたを大切に思っています」と言わなくとも、料理を作って一緒に食べるという行為そのものが、伝えてくれるものがあります。「料理がきっかけとなって人と人がつながることが楽しい」と鬼丸さんは言います。きっと鬼丸さんは料理を作るだけでなく、人と人がつながり、ほっとできる場を創ろうとしているのだと、気づかされました。ご自身の食堂を ”巻き込み型” と言うように、鬼丸さんの周りにはいつも人がいて、私もその幸せな渦に巻き込まれた1人になりました。今回のイベントで鬼丸食堂は三豊の皆さんとも繋がることができました。この貴重なご縁に感謝して、もう一度、三豊に深く関わりたいと思います。

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