改ざんされた日記「わたしが就活イベントを休む理由」

 虚構日記なるものを読んだ。
 あまりにもリアリティを感じた。
 だからわたしは絶対に創作な日記を「改ざんされた日記」と題してあらわすことにした。


 目が覚めると、一夜をともにした森口瑤子の姿がもうなかった。
 布団の内側はまだ暖かい。どうやら現場の近くに犯人はいるようだ。なんて刑事ごっこの続きをしている場合ではない。
 首筋に見つけた性感帯を執拗に攻めたから逃げてしまったのだろう。美味しい朝食を御馳走しようと思っていたのに。

 とはいえ、私は就活中。
 だけど今、日記を書いている。
 ちと頭が良かったのか。他の人が努力だと思う勉学を遊びの範疇でできてしまったために、都内の国立大学を不覚にも卒業してしまった。
 生き延びる意志だけはあるため、大学時代にさぼった仕事探しというやつをしている。

 こんなことをわざわざ書く題材にしたくはなかった。
 いや、こういうことだからこそ書き記しておく必要がある。
 わたしがさぼるべき就活イベントは、JR渋谷駅を降りてハチ公像とスクランブル交差点を過ぎ、道玄坂を上ったところにある、オフィスビルの一室で開かれる。
 内容としては、学生と企業のマッチングを兼ねたグループディスカッションを行うものである。なお、学生には参加企業の情報が事前に伝えられることはなく、企業側にも学生の情報が事前に共有されない。これによってフラットな目線で学生を見ることができるのだろう。企業側はグループディスカッションなどを踏まえて、気になった学生に直接オファーというものができる。学生側はそれを一つの目標としつつ取り組むようだ。
 前回参加したときの様子から察するに、この就活イベントはおそらく大学3年生(4月から4年生)しか参加していない。既卒の私が参加することに問題はないが、どこか彼らと話が合わないのではないかという懸念に意識を向けてしまう。また彼らの大学のレベルがわたしからすると軒並み大したことないのも事実だった。
 それも仕方がないことなのだろう。就職において、学歴フィルターは少なからず存在しており、有名一流大学の学生はこの少し変わった就活イベントには参加しなくとも、ちゃんと努力を積み王道の就活をしていればどこかしら納得のいく内定を得られるに違いない。
 さらに、主催側の司会者が、グループの人たちと仲良くなるようにと催促してくる。なぜ彼らのために笑顔の仮面を被って話題を提供する人間ごっこをしてしまう自分がいるのか。
 おい、そこのお前、人見知りなところを改善したくて参加したのだろう、だったらお前がもっと積極的に話そうとしなくちゃだめだろうが。
 あぁ、こんなことを並べても行かなくていい理由にはならない。
 
 もっと問題がある。
 魅力的な人間が、その空間に少ない。もはやいない。
 わたしが育ってきた環境が恵まれすぎていたのか。友人が聖人すぎるのか。恋人が可憐すぎるのか。親が天才すぎるのか。ドラえもんがスタンドバイミーすぎるのか。
 とはいえ、皆、性格が悪いわけでもないだろうし、誰かを落とそうとする人もいなかった。だからこそ、つまらなかったのかもしれない。そこで時間を過ごすのはとても億劫な未来だ。
 
 さらにもっと問題がある。
 渋谷の道玄坂は、非常にいかがわしい気持ちで歩きたいものである。無造作に混在する飲食店やらカラオケ店などのきったない繁華街。裏手に入れば落ち着かない色のホテルが顔を連ねている。
 就職活動。すなわち引き締まった服装で引き締まったことをするというのに、こんな日本の無計画な都市を象徴するガラクタみたいな街を歩いてしまえば、きっとこの街を嫌いになる。
 いや、いっそ就活の帰りにデリヘルを利用すればいいのかもしれない。そしたら真面目な自分を欲望で塗り潰すことができる。紫色で、赤色で、ピンク色で、塗りなおしていく。白いワイシャツは、真っ黒に近づいていくだろう。
 アホなのか。そんなことをしたらもっと渋谷を嫌いになるかもしれない。真面目に生きられる道を捨てることになるなら、今日は渋谷に行かないほうがいいだろう。

 森口瑤子と名付けた、わたしの母親と同じくらいの年の、ほうれい線が美しい魔女はどこへ行ったのか。一応連絡しておこう。

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