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日守新一という俳優/小津安二郎「一人息子」

1936年公開の映画「一人息子」。
この映画を観て初めて知った役者さんは多い。
その中でも魅力を感じて感化された人物が二人いる。
一人は前回書いた坪内美子という女優。
もう一人は日守新一という俳優だ。
どう感化されたか。
表現が難しくぼやけてしまいがちだが、
たぶん、演技力や美しさは然ることながら、
「日本人のいろいろなものの原風景」を観せてもらったという感じだろうか。
前回書いた坪内美子に繋げて、今度は日守新一のことを書きたくなった。

その時代の本物の暮らしぶりが観れるのが、
私が小津作品を観たくなる理由の一つです。
「一人息子」でも、当時の暮らしぶりがとても丁寧に表現されていると思うのです。
筋書きに合わせて、昭和初期の「モノ」「作法」「風習」「物価」などがどんどん出現してきます。しかも再現ではなく本物の。
その時代の現実なので、当時これを観た人たちはいったいどう感じたのか興味が湧きますが、
私たちとまた違った解釈をして観ていたんでしょうね。憶測ですが。

野々宮良助を演じる日守新一さん。
ほかの映画に出ているこの人を、まだ観たことないのですが、
この映画では笑顔と語り口がとても素敵です。
現実への悲壮を胸に秘めた笑顔や、母親を敬う心。
そういう日本人の原風景的な振る舞いを、
この人はソフトにしっかりと演じきっています。
なにか、とてもスマートな印象を受けて好感がもてます。(声が優しいからかな)

これを観る前までは、私が観たもっとも古い小津作品は「晩春」でした。
「晩春」以降の小津作品には、たしかこの人の出演はなかったと思います。
(間違ってたらごめんなさい。)
だから、これまで観た小津作品に登場する役者さんとは、
少し違った雰囲気を感じたのかな。
とにかく新鮮な出会いでした。
前回書いた坪内美子さん同様に。


恩師(笠智衆)が営むとんかつ屋を訪ねて。
飯田蝶子さんと。二人とも温かい笑顔だ。この映画のこの感じが好き。
<「一人息子」1936から>
杉子(坪内美子)と良助(日守新一)。

この映画で一番好きなシーンは、おっかさんを見送って帰宅した場面。
上の写真がそうです。
帰宅し玄関から部屋に入る→杉子が背負っていた赤ちゃんを良助が抱き上げる→また杉子に渡す。
帰宅してからそこまでの工程を、リアルな時間軸でそのまま観せてくれます。生きた生活感を観せてくれるから小津映画は堪らない。
(坪内美子さんが赤ちゃんを抱きあやす所作がまたいいんだよね。)

こういうスーツが欲しい。かっこいいよね。
<「一人息子」1936から>

ところで、小津作品を観る事で楽しめる時代毎の生活感やモノについて触れたおきます。
今回、「一人息子」を観て気になったのが、
公開された1936年頃の物価です。
映画の中で、良助がおっかさんのために同僚から10円を借ります。
騒音(はた織りのような音)がうるさいので家賃が3円安かったりもします。
あと、5銭のトンカツもね。
だけど、10円とか5銭が、貨幣価値的にいくらくらいなのかまったく解らない。

そこでこの本で調べてみた。
「戦前日本の普通の生活月給100円サラリーマン」
ちくま文庫

この本では戦前の頃の物価などを、現代の貨幣価値にした数字の「指針」として解りやすく教えてくれています。
貨幣価値や物価はあくまで「指針」だそうです。
それによると、
この時代の貨幣価値は、今に換算するとだいたい2000倍。
(しつこいけどこれも指針です)
物によってはかけ離れたお値段になるものもあるのですが、
結構、今の感覚に近いかなと私には思えました。
例えば、
昭和11年頃(1936年頃)、ビール大瓶が35銭ぐらいだったそうなので、
今だと2000倍だからだいたい700円くらい。
駅弁は30銭だから600円くらい。
映画に出てくる様なお家に近い、六畳と四畳半の二間の一軒家では、
お家賃が月10数円だったそうなので、今だと2万〜3万というところでしょうか。これはお安い。
映画鑑賞料は、席により格差ありだが約1円くらいだから、
今だと2000円か。
あまり深掘りすると、どんどんはまっていくので止めますが、
良助が同僚から借りた10円は、今だと2万円ぐらいですね。
おっかさんに美味しいものご馳走したり、枕を買ってあげたり。
あと二人で映画も観にいって、10円だと少しだけおつりがくるくらいかな。

この様に、想像と知見が拡がる小津映画が楽しくてしようがないのです。

今日はこれでおしまいにします。
「一人息子」もう一回観よう。

最後まで見てくださりありがとうございました。

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