性行為を科学する2 〜SEXって難しいですね~
前回のおさらい
前回の記事「性行為を科学する1 ~有酸素運動としてのSEX研究史~」では、
SEXにおける身体への負荷について、METsという指標を用いた論文をレビューした。
これは要するに、
『SEXはどのくらい疲れる運動なのか?』という、いわゆる運動生理学的な視点だ。
しかし、読者諸賢のなかには、
「別にSEXがどのくらい疲れるか興味ないわ」
という方もいるだろう。
では、関節や筋肉といった、運動学的な視点はどうだろうか?
「SEXを楽しみたいんだけど、
最近腰が痛くて、、、」
「脚の手術をしたから、
そんな思い切った体位はできないわ、、、」
なんてお悩みを持つ方は男女を問わず多いはずだ。異論は認めない。
実際にHarmsenらの論文では、
人工股関節の手術後にSEXができると期待していた患者のうち、43.5%がこの期待が満たされなかったと報告している。
また、Dahmらの論文では、
254人の専門医のうち、51人が「性行為中に人工股関節の脱臼を経験した患者を知っている」と回答している。
このように、患者がSEXにおける困難に直面することは珍しいことではないのだ。
ただ、言いにくいから表面化しない。
日本には奥ゆかしき、わびさび文化が根付いている。
「手術したらSEXできないんだけど!!」
なんて叫ぶことができる人は稀有だろう。
そんな人を救っていきたい。
私は今日も高い志で論文に向き合っている。
本記事では、SEXの運動学的な側面についての研究をレビューしていく。
今回の論文はこちら
本記事における主な引用元はこちら。
What Are the Physical Demands of Sexual Intercourse? A Systematic Review of the Literature
性交の身体的要求とは何か?文献のシステマティックレビュー
Oliva-Lozanoらによる2022年の論文である。
システマティックレビューというのは要するに、
該当テーマにおける研究を沢山集めて、
質の高いものだけを選定し、
総合的に評価した研究
という感じである。
この論文では実際に、1264件の論文が抽出され、そこから厳正な審査を行い、最終的に18件の論文を選定している。
改めて、
「いろんなことをマジメに研究をする人がいるもんだ」
と感心する。
この論文から、私なりに有益な情報をお届けできればと思う。
男は体力! 女は柔軟!
前段で述べた18件の選りすぐりのSEX論文のうち、
14件は生理学的な研究であり、運動学的な研究は4件のみであった。
意外にも、というべきか、SEXに関する関心は生理学的な分野に偏っているらしい。
そしてそれらの論文を総合的に評価した結果、私なりの結論は、
男は体力 女は柔軟
である。
『男は体力!』
SEX中の心拍数や血圧といった、生理学的な側面の研究において、ほとんどの場合で、女性より男性が高い数値を示した。
論文内から、生理学的な研究の結果をまとめた表を示しておく。
ほとんどの研究結果において男性の血圧や心拍数、酸素需要量が高いことが確認できる。
個別の研究を少しずつ確認していく
Frappierらによる研究では、SEXの消費カロリー、酸素消費量を測定しており、
女性が約69kcal、約5.6METs
に対して、
男性が約101kcal、約6.0METs
という結果を報告している。
また、SEX中の血圧に関してもXue-Ruiらの研究では、
女性は収縮期血圧が約121.67 mmHg
に対して、
男性は収縮期血圧が約141.41mmHg
との報告もある。
心拍数について、Bartlettらの研究では、最大約170bpmという結果も見られた。
(これは男女差ではない)
「6METsで最高心拍数が170bpmの運動」をイメージすると、これは相当に激しいことが伺える。
私は普段、いわゆる医療従事者として働いているが、病院で行われるリハビリでは、ここまでの運動負荷はほとんどお目にかからない。
ほとんどアスリートレベルといっていいだろう。
世の男性諸君、いつもお疲れ様です。
(後述するが、決して女性が楽をしていると言いたいわけではない)
ちなみに、高血圧患者のSEXについて、Mannらの研究では、
女性は収縮期血圧が約216 mmHg
に対して、
男性で収縮期血圧が約237mmHg
という報告もあった。
最高で300/175 mmHg のピーク値を記録したようだ。
いくら高血圧といえど高すぎる、、、
病院で働いていても収縮期血圧230mmHgオーバーは滅多にお目にかからない。
収縮期血圧300mmHgは、病院の重症患者でも見たことがない。
命に関わるレベルである。死ぬぞ。
男女関係なく、SEXする前に健康が大事。
特に高血圧の男性は注意である。
病院に行って、薬を飲みましょう。
なによりもまず健康である。
健康でなければSEXも楽しめない。
「女は柔軟」について
Charbonnierらの研究では、12種類の体位で股関節の可動域を測定した。
その結果、
男性は主に股関節の外旋が求められるのに対し、
女性は外旋に加え、屈曲、外転の可動域が大きく必要であった。
これは、あらゆる体位において、女性の特に股関節の柔軟性が重要であることを示している。
一方で、女性は男性よりも先天性股関節脱臼や変形性股関節症などの股関節疾患に罹患しやすい。
これは生まれつきの骨盤の形状の違いや、出産に伴う関節構造の変化が原因であると考えられている。
つまり、
女性は男性よりも、
股関節疾患リスクが高いのに、
SEXにおける股関節への負担が大きいのだ。
男性の方が血圧と心拍数を上げて、ハアハアしてるからといって、女性が楽をしているわけではない。
自分の股関節を危険に晒しながら、ツライ姿勢を耐えているのだ。
世の女性たちに、心から労いの言葉を贈りたい。
腰痛とSEX体位
ここからは、さらに別の部位に注目した論文を紹介する。
まずは腰。
日本の腰痛人口は約3000万人と言われている。
もはや国民病といっても過言ではないだろう。
SEX後の腰痛に悩まされた経験をお持ちの方も少なくないのではないだろうか。
では、どの体位が最も腰への負担が強いのか?
実はこの問いには、安易に一つの答えを出すことができない。
なぜなら、一口に『腰が痛い』といっても、同じ痛みとは限らないからだ。
具体的に、腰痛には2つのパターンがある。
腰を、
『曲げると痛い』 と 『反ると痛い』
の2つである。
この2つは同じように「腰痛」と表現されるが、全く逆の運動方向に痛みの原因がある。
つまり、これらは分けて考えなければならない。
そこで、Sidorkewiczらは屈曲(曲げる)と伸展(反る)のそれぞれの方向に対して、一般的な5つのSEX体位における腰椎への負担を、モーションキャプチャーを用いて研究した。
なかなか金がかかっていそうだ。よく研究費おりたな。
まずは男性の研究結果から。
男性で腰を曲げると痛い人の場合、
最も負担が大きいのは側位であり、
最も負担が軽いのは後背位(女性が肘をついた状態)である。
腰を反ると痛い人の場合は、これが真逆になる。
そして女性はこちら。
女性で腰を曲げると痛い人の場合、
最も負担が大きいのは正常位であり、
最も負担が軽いのは後背位(女性が手をついた状態)である。
男性同様、腰を反ると痛い人の場合は、これが真逆になる。
当然だが、同じ体位でも男性と女性では姿勢が全く異なるため、腰にかかる負担も全然違う。
実用的には、パートナーがお互いの腰痛のタイプを確認し、お互いの腰の負担が最も軽くなる体位を選択するのがベストだろう。
男性と女性、そして曲げると反るという2つの腰痛タイプ。
要素が多くて混乱してしまう方もいるかもしれない。
そこで、男女の腰痛タイプに合わせた推奨体位を私なりに整理してみた。
イメージしやすいように具体例を挙げる。
例えば、
男性が「曲げると痛い」
女性が「反ると痛い」
という組み合わせの場合は、女性が足を伸ばした状態での正常位が最もお互いの腰に負担が少ない。(上表の右上)
このように、この研究や私の表をパートナー同士で参照しながら、お互いの体に最もやさしいサスティナブルなSEXを楽しんでくだされば幸いである。
もちろん、最も腰に負担が強い体位は先ほどの表を反転させた形になる。
一応負担が強いバージョンの表も載せておく。
具体例を挙げると、先ほどの
男性が「曲げると痛い」、女性が「反ると痛い」という組み合わせの場合では、側位が最もお互いの腰に負担が強いと言える。
肩に爆弾を抱えたあなたへ。
次に、SEXにおける肩への負担についての研究をレビューしていく。
近年、腱板断裂という肩のケガが急増していると報告されており、その予防が喫緊の課題である。
特に、学生時代に地元の野球チームでピッチャーなんかをやっていて、剛腕を唸らせていたような人であれば、肩に違和感の一つや二つは覚えがあるのではないだろうか。
人によっては、
「俺、肩に爆弾抱えててさ、もう投げれないんだ、、、」
「だから、SEXも怖くてさ、、、」
と一昔前の青春スポ根マンガのような口実で、自分の童貞という現実から目を背けている人もいるのではないだろうか。
そこで、Lädermannらは一般的な5つ体位における男性の肩関節への負担を研究した。
前段の腰痛ではやや複雑になってしまった。
今回の肩は結論から引用する。
、、、おわかりいただけただろうか。
そう、実は海外のSEX英論文を読むにおいて、最大の難所は体位の呼称である。
スコーピオン
宣教師
スーパーマン
じょうろ
バセットハウンド
なんとなくイメージが湧くものもあれば、全く想像がつかないものまでかなりバリエーションがある。
しかし、実際の体位がわからないのでは、ギリギリ全然意味のない知識になってしまう。
そこで、同じ論文内での各体位の説明文をGoogle翻訳したものを紹介する。
なるほど。
よし、わからん。
説明文だけでは、なんとなく男女が向かい合っているのかどうかくらいはわかるが、具体的なイメージが湧かない。
ということで、論文から図を拝借した。
、、、いろいろ思うところがある。
とりあえず目に飛び込んでくるのは、スーパーマン。
これはさすがに、、、
一般的な5つの体位と書いてあったはずだが??
欧米ではこれが一般的なのか??
姿勢を維持するので精一杯でピストンなんかできなくないか??
そもそもどうやってこの体位まで持っていくんだ??
と疑念が脳裏を駆け巡る。
というか、男性の肩より、女性の腰の方がよほど心配になる。
私は男性だが、もし自分がスーパーマンをやったら、女性の体を抱えきず共倒れし、屹立したペニスがその剛性ゆえに真っ二つにひしゃげる予感がする。
欧米でこの体位が5本指に入るメジャーな体位なのだとすれば、私はもう日本から出たくない。
スーパーマンが衝撃的すぎるが、他の体位にも見どころがある。
いろいろと疑問はあるが、とにかく、
肩に爆弾を持つあなたは、スコーピオン、宣教師、スーパーマンを避けましょう。
おとなしく、じょうろかバセットハウンドになりましょう。
まとめ
今回は、SEX文献のシステマティックレビューを参照した。
システマティックレビューの対象になった論文まで参照していたら、なかなか雑多な記事になってしまった気もするが、今更言ってもしょうがないのである。
しかしながら、海外論文をレビューしていると、SEXを科学的に解明しようという風潮が年々増しているように思える。
特に研究分野では欧米諸国に後れをとりがちな日本だが、SEXとなると日本人特有の奥ゆかしさが発現してしまい、さらに後塵を拝す形になってしまうことが危惧される。
がんばれ、ニッポン。
また、今回は異性愛者を対象とした論文をレビューしてきたが、さまざまな性の形についても近年の研究は進んでいる。
他のセクシュアリティにおいても面白い論文があればどんどんレビューしていきたい所存である。
具体的には、
フィスティングの主体性:ゲイのフィストファッカーの性的主体性の物語
このあたりの論文はなかなかエッジが効いていて面白そう。
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