ケッショウ ーそれを食べれば『なれる』ー#1前編

とある広い室内。
この世界での「勇者」が決まる最終試験が執り行われていた。
部屋には面接官の男と、「勇者」を志願する新卒の二人。

面接官「はい、それではあなたのことについて、いくつか質問させて頂きます。まず始めに、あなたは転生経験者でしょうか?」

???「いえ、経験していません。この人生が一度目の人生です……。」

面接官「そうですか。では次の質問です。あなたの特技、呪文にはどんなものがありますか?例えば、血筋に特色があってこういう技を持ってるか、職業によって生まれる特技や呪文を家庭が保有しているとか。」

???「私の家庭は一般の農民なので、特に何も……魔力も生まれつき低いもので……」

面接官「そうですか……トルバさん、この採用試験に参加する条件は、覚えていますね?」

トルバ「はい、転生又は特技、呪文の保有ですね。」

面接官「そうです。ですから、その条件のどれか一つにでも当てはまっていないと、合格にすることはできないんですよ。」

トルバ「……分かってます。私のような人間は特技や呪文は習得できないですし、転生なんていう都合の良いことなんてなかったし。でも……それでも……!諦めきれなかった……!……どうにかなりませんか!?一次試験、二次試験の結果だけなら、誰にも負けないはずなんです!!」

面接官「……残念ですが、戦士にはなれても、勇者にはなれません。勇者は選ばれし者じゃなければいけないのです。」

トルバ「……そうですか。すみません、無駄な面接に付き合わせてしまって……」

面接官「いえ、あなたの人生が幸福であることを祈ります。」

トルバ「ありがとう……ございました。」

しんしんと雪が積もる冬の日、最終試験に落ちてしまった彼は、とぼとぼと冬の町を歩いた。


ーー先輩、先輩、朝ですよ!
トルバ「うーん、寒いよお……」
トルバは近くにいた後輩のイロハを抱き締める。
イロハ「ひゃっ///私を湯たんぽ代わりにしないでください!」
トルバ「うう……体力と知力だけなら誰にも負けないのに……」
???「またうなされてる……ほら、先輩起きてー。」
トルバの顔を誰かがぺちぺちと叩く。
トルバ「ん?んーー、ここはどこ?あなたは面接官?」
???「違いますよ!あなたの!後輩の!イロハです!」
トルバ「え?イロハ?あれ?」
トルバの目の前には薄暗い室内が広がっていた。
トルバ「ああ、そっか。夢か……。」
イロハ「また、あの時の夢を?」
トルバ「はは……もう一年たったのに見ちゃうなんて、全然未練捨てきれてないや……」
イロハ「先輩……誰が何といおうと、先輩は勇者にふさわしいと思います。」
トルバ「いや、そういうの良いから。」
イロハ「せっかくフォローしたのに!」
トルバ「はあ……顔洗うか。」
イロハ「ご飯もうできてるので、食卓に並べておきますね。」
トルバ「ありがとう……えへへ」
俺はベッドから出ると、顔を洗うために廊下を歩いて、洗面台で歩みを止める。
トルバ「眠い……さっさと目覚まそ。」
蛇口をひねって水を出し、顔につけるのを繰り返す。
トルバ「……さっぱりした。食前だけど歯磨きもしておくか。」
シャカシャカシャカ……
何てことのない、歯ブラシが音を立てるだけの空間。
イロハ「せんぱーい、今日は下にお客さん来ますか?」
そこにイロハの声が響く。
一人でいる時よりも心が明るくなるのは何故だろうか。
トルバ「いや、今日は『何でも屋』起業したばっかだし、新聞とかで情報仕入れて、自分から人の役に立つサービスを提供しに行かなきゃ。だから、多分今日はここにはお客さん来ないよ。」
イロハ「分かりました。じゃあ掃除はしなくて良いんですね。」
トルバ「うん、ありがとう、手伝ってくれて。」
あの採用試験の後、俺は世間で流行っている『何でも屋』という店の経営者になった。
経営に必要なお金、知識、手続き……色々なものを集めてようやく開業までこぎつけた。
頑張って二階建ての建物を購入したおかげで、下は職場、上は普段生活する部屋として使い、階段を降りればすぐ事務所にいける。
結構便利で助かっている。
引っ越しをする時に後輩のイロハが手伝ってくれたおかげで部屋もきれいだ。
彼女はこんな俺についてきてくれる、本当に優しい人だ。
一緒に住むことができて本当に嬉しいし頼もしい。
トルバ「そろそろご飯食べようか。」
俺はリビングにいるイロハに声をかける。
イロハ「そうですね、そろそろ食べましょうか♪︎」
トルバとイロハはリビングの食卓に座った。
トルバ・イロハ「いただきます。」
トルバは挨拶をしてご飯を食べ始めた。
トルバ「イロハ、もしかしてこれ、学食のメニュー?」
イロハ「あ、気づきました?英智大の学食再現して見たんです。美味しいですか?」
トルバ「うん、美味しい。これを食べてると、リーグスのことを思い出す。」
イロハ「リーグス先輩のことですか?」
トルバ「うん。リーグスは特別な才能があって、勇者になった。だから今は、気まずくて会えてない。」
イロハ「ええ!?そうだったんですか?」
トルバ「うん。イロハとは大学卒業した後、会えてなかったから言えなかった。」
イロハ「そうだったんですね……。」
イロハが困ったような顔をする。
それはそうだろう、こんな気まずい以外の何者でもない話、聞いても何も良いことはない。
トルバ「あいつ、今頃どうしてるかな……っと、ご馳走様。ちょっと新聞取りに行ってくる。」
イロハ「ん、いってらっひゃい……」
イロハがモグモグしながら何か言っている。
それだけで何だか癒された。
俺は玄関へ向かうとドアを開け、外に出ようとした。
ところが
???「どうも、初めまして。私、クデラと申します。」
トルバ「……あんた、誰だ?それに、色々おかしいぞ?」
クデラ「へ?」


ーー1時間前
クデラ「くっそ!何でメッセージ読んだだけなのにこんなことしなきゃいけないんだ!私はenter the blue springのために活動してるんだぞ!何で他所の世界までわざわざ苦労して行かなきゃいけないんだ!」
ツブエス「いやいや、あなた他にも色々やってましたよ?過去を振り返ってくださいよ。」
クデラ「えーと……」

回想
『はい、ミーティングが完了したので、この世界の連中を片付けたいと思いまーす。』

『見てくださいツブエスさん!こんなにきれいな花火ですよ!』

『ふう、辺り一面更地!一件落着!』
クデラの趣味のコーナー#1(注 enter the blue spring#4を終えて)より。

クデラ「あ、そういえば色々やってたわ。」
ツブエス「でしょ?良いからちゃんと処理してきてください。」
クデラ「はあ、面倒くさいなあ……。」
ミカエルプラグ!
majority turtleデッキ!
クデラ「インストール。」
terabyte for audience……
Cdera!
クデラ「はぁ……やるか。」
SERVER ACCESS!
クデラは快人たちのいるサーバーへと移動した。

2019年 二次元世界
パーキングエリア屋上

音邪「あー……暇。しりとりしようぜ。」
音邪は洗濯物を干している快人に話しかける。
快人「ん?いいよ。」
音邪「じゃあ俺からね、サタン!」
快人「お前ちょっと弱すぎない?」
ヒュンッ
音邪「ん?」
音邪が振り向くと、そこには武装したクデラがいた。
音邪「わっ!?おい、あいつ誰だ?」
快人「え?あっ、本当だ。誰かいる。」
クデラ「やれやれ、いちいちこのサーバーに入らせやがって……!環境省め!」
音邪「な、何かめっちゃキレてる……。」
ヒュンッ
快人「あっ!消えた!?」
音邪「見た感じレイダーだったけど、放置して大丈夫なのかあいつ……。」
快人「うーむ、念のため後で調べるか……。」

トルバのいる世界
ヒュンッ
クデラは快人のいるサーバーからトルバのいる世界へ移動した。
クデラ「よーし!後はこの家の男に結晶食わせればいいだけ……あれ、待てよ?それが一番難しくないか!?」
こうして、クデラのお悩みタイムが始まった。
クデラ「うーん、味で宣伝する?Heyマスゲト、この結晶の味どんな感じ?」
マスターゲットレイダー「はい、工場の古い機械と壁の間に10年間たまった埃の味がします。」
クデラ「ああダメだ!?よく分かんないけど不味そう!どうすればいいんだー!?」



数十分後……
クデラ「よし……仕方ない、一旦話すだけ話してみよう。」
ガチャッ
ドアが開いてトルバが出てきた。


現在、クデラ武装中
クデラ「……あ、武装したままだったわ。」
トルバ「?」
クデラ「あ、こっちの話です。ちょっと待っててください。」
男はそう言うと、機械的な亀のような姿から、普通の人間の風貌に変化した。
トルバ「…あんた、マジで何者なんだよ?」
クデラ「ああ、気にしなくて結構。私はあくまでも一般人だからね。アヤシクナイヨ。」
トルバ「んー、まあいいや。それで、うちに何か用か?」
クデラ「実はですねー、あなたに売りたい物がありまして」
トルバ「あっ、すみません。そういうの間に合ってるんで」
クデラ「ああ、いいですいいです。そういう反応間に合ってるんで。」
トルバ(こっちの台詞使われた!?)
クデラ「あなたにぴったりの商品がこちらになります。」
クデラは俺に右手を差し出した。
トルバ「何だこれ?結晶?」
クデラ「はい、安心安全の結晶でございます!」
トルバ「何かその言い方逆に怪しいんだけど!?」
クデラ「こちらの結晶はあなたにしか使えない、とてもクセのあるものになっております。」
トルバ「はあ、でも俺、特別なこと何もできないぞ?」
クデラ「いえ、あなたには一つだけ、特別なところがあります。」
トルバ「何!?それは本当か!?」
俺はクデラの話に食い付く。
クデラ「ええ、ありますとも。あなたはこの世界で言うところの主人公ですから。」
トルバ「?主人、公?」
クデラ「ええ。人がいる世界にはそれぞれ、その世界におけるキーパーソンがいます。あなた、転生者なんていう人を聞いたことがあるでしょう?」
トルバ「ああ、あるぞ。」
クデラ「ああいう類いの人たちはたいてい、前世で主人公に選ばれていることが多いんですよ。」
トルバ「そ、そうだったんだ……。」
転生者のこととかってあんまり知らなかった。どうりで珍しいわけだ。
クデラ「はい。つまり主人公になると、一般人より運が高くなったり、特殊能力に恵まれたりするわけですね。」
トルバ「は、はあ……でも、俺は何にも恵まれてないぞ?」
クデラ「そうです!あなたはこの世界の主人公なのに、転生してない!親も一般家庭!特技スキル呪文一切なし!」
トルバ「やかましいわ!」
クデラ「おまけにあなたが持っている能力といえば、全て努力によって成り立っているものばかり!いや努力は主人公だってしますけど!何というか主人公とは違う方向性な気がしません!?」
トルバ「うるせえ!お前人の地雷踏みすぎだ!」
クデラ「失敬。まあ、この結晶はそんなあなたにお売りしたい商品なんですよ。」
トルバ「ええ……いったいどういう商品なんだ?」
クデラ「えー、こちらの結晶、食べると特殊な能力が開花する」
トルバ「おお!」
クデラ「かも!」
ズコーー!
トルバ「何だよそれ!確証ないのかよ!?」
クデラ「いやー、実はこの商品、非常にエネルギーが高くてですね、もしこれを割ってしまえば世界がグニャングニャンになるレベルのエネルギーが漏れ出すんですよ。」
トルバ「危険すぎるでしょそれ!?」
クデラ「あー、大丈夫ですよー。だってあなたこの結晶、ありとあらゆる『矛盾』を作り出すエネルギーの塊なんですよ?あなたみたいな主人公なのに転生もしてない以下略の矛盾野郎が食べたところで、そんなに変わんないでしょ(笑)」
トルバ「最低だなお前!!と、とにかく、俺はそんなおっかねえもん食べないぞ!」
クデラ「ほう、本当に良いのですか?あなたが特別になれるチャンスですよ?この結晶は矛盾を発生させる力の塊ですからねー。あなたのような人でも特技や呪文が手に入るチャンスだと思うんですが?」
トルバ「そ、そうかもしれないけど、リスクが高すぎるだろ?」
クデラ「そんなことを気にしている場合ですか?あなたのご友人は勇者になって、もうあと一歩で魔王を倒すところまで言ってますよ?」
トルバ「えっ!?あいつが魔王と!?」
クデラ「ええ、新聞に書いてありました。あなたの家に届いたこれに。」
クデラは俺に新聞を手渡した。確かに一面にでかでかとそんな内容の記事が書いてある。
クデラ「どうします?あなたのご友人はここまで活躍していますよ?このままだと変に気を遣われて、友達としての関係が破綻せざるを得ないと思いますが。」
トルバ「そ、そんなの嫌だ!」
クデラ「それに、そもそもあなた、このまま置いてけぼりで良いんですか?同じ高校、大学と進学してきた仲間なのに。」
トルバ「…………」
クデラ「さあ、どうします?勇者という職業にもう一度命を賭ける覚悟が、あなたにはありますか?」
トルバ「……俺、諦めてた。自分は特技も呪文もない。転生だなんて運にも恵まれてない。でも、夢を捨てきれなくて、面接にまで落ちて、ようやく現実を見て起業した。」
クデラ「うんうん。」
トルバ「でも、やっぱり俺は諦めきれない。なれることならなりたい。いや、それさえも超えたい……」
クデラ「うんうん。」
トルバ「俺、命賭けるよ。勇者に必須なのは勇気だ。なら、ここで勇気を出してやる。」
クデラ「ふふ、お代はいりませんよ。これは産廃ですから。」
トルバ「産廃なのかよ……まあいいや、毒物処理係だろうが何だろうがなってやる。」
トルバはそう言うなり、結晶を飲み込んだ。



トルバ「ああ~~!?骨がグニャングニャンになる~~!?」
クデラ「あーあ、やっぱそうなるか。さようならトルバ君、君のおかげで世界と私は救われたよ。」
トルバ「あ、治った。」
クデラ「おおマジか!?適応した。んじゃ、私は用が済んだので帰るね~。じゃ。」
トルバ「あっ、ちょっと!」
ヒュンッ
クデラはトルバの目の前で一瞬にして消えた。
トルバ「……あいつ、何で俺のことあんなに詳しいんだ?……ま、もうどうでもいいか。」
トルバは自分にみなぎってくる何かを感じて笑みを浮かべる。
トルバ「本当はこのまま試験受けに行ってもいいけど、この状態になって掌返されてもあれだし。まずは……」
トルバはクデラがくれた新聞から、友人と魔王のいる場所を探した。
トルバ「魔王城か……。まだ決着はついてないんだな。ク、ククク、悪いけど、少し割り込ませてもらうよ、リーグス。」
トルバの目からはハイライトが消えていた。
トルバ「久しぶりに勝負しような……待っててな、リーグス…」

後編に続く……



enter the blue spring#5は、金曜日に投稿予定です。少々お待ちください。

また、この話は
クデラの趣味のコーナー#1と、繋がっていることをご理解ください。

これからも投稿頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。





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