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一生もの

 母の形見の足踏みミシンの調子が悪くなりました。ガタガタと異音がします。そこで、自宅から2駅向こうで開業しているミシン屋さんに修理をお願いしました。あちこちにガタが来ているから、修理費用がかさんでも、すべて直してもらおうと覚悟していました。ミシン屋さんは某ミシンメーカーを定年まで勤めた専門家という触れ込みだったので、楽しみにしていました。
 ところがミシン屋さんは一目見るなり、「これは修理ができません」とキッパリ。「この部品は、もうメーカーでも置いていないです」と言うのです。
 
 ミシンはBROTHER製です。昭和30年ごろに買ったと母は話していました。厚手の生地もスイスイ縫えることはもとより、販売員の一言が決め手になったそうです。 

 「これは一生もののミシンですよ」

 清水の舞台から飛び降りる覚悟でないと買えない価格だったそうです。丁寧に使っていました。私たち3人の娘の服は、ほとんどこのミシンで縫われていました。母が他界するまで真面目に働いていたのですから、確かに母にとっての一生ものです。その後も不具合はありながらも働くミシンに気を良くして、うっかり「私の一生もの」と思い込んでいたようです。
 いまどきの家電製品の場合、メーカーが補修部品を保有している期間は冷蔵庫やエアーコンディショナーが最長で、9年とされています(一般社団法人日本電機工業会Hpより)。「一生もの」なんて言葉は、もはや死語かもしれません。

 結局、ミシン屋さんはあちこちに油をさして帰って行きました。修理代も出張代も受け取りませんでした。
 ガタは来ているけれど、使えないわけでもない。だましだまし、小物でも縫うことにします。「一生もの」という言葉をかたわらに置いて。(マツミナ)

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