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レンズ

※この物語は、幾田りらさんが2022年にリリースした楽曲「レンズ」をClarkが小説化したものです。歌詞の一部を物語の中で引用させてもらっています。

少し弱々しくなってきた夕日が、誰も頼んでいないのに、夏の終わりを教えてくる。
私は、いつもの河原で、いつもの曲を聴いていた。
ちょうど一年くらい前、2人だけの夕映えの中、彼が教えてくれた曲。
いつでも私に、小さな幸せを思い出させてくれる曲。
私は、久しぶりに、望遠レンズの付いたカメラを鞄から取り出した。

カメラに入った写真を見返すと、始めの頃は、少し見切れた彼の姿ばかりだった。
ピントも合わず、ぼやけた写真も多い。
一眼レフなんて、使ったことが無かったから、仕方ない。


「野球をしている友達に頼まれて、練習風景を撮りたい」
半分以上の嘘を交えて、お父さんに言ったら、
趣味で使っていた、高価な望遠レンズと一緒に、私にカメラを譲ってくれた。
それから、私は、おぼつかない手つきで、撮り始めた。

野球部の練習に毎日通い、ひたすらレンズを向け始めたのが一年前。
その当時、彼は、高校二年生なのに、チームの四番を任されていた。
教室では見せない真剣な眼差し。
その表情を写真に収めたい。そんな邪(よこしま)な思いで、撮り始めた。

学校の帰りに、河原のベンチで、自分の写真を見返した。
レンズの使い方も、慣れてきて、少しずつピントが合っていくのが嬉しかった。

もう少し、アップで撮れないかな…。角度を変えれば…。
私が一人で写真を見比べている時、

「すいません…」

といきなり声をかけられた。
彼だ。
「練習の邪魔なんですよね。そのシャッター音。」
「あ、ごめんなさい。一眼レフって、どうしても音が出ちゃうから…」
敬語で話しかけてきた彼は、その時、私が同級生だということも気づいてなかったようだ。
本当に恥ずかしかった。


「野球バカなのよ、ただ単に」

彼の幼なじみのユカに相談したら、笑ってそう言って慰めてくれた。
あいつの目には、白球しか映ってないのよ、昔っから、と。

彼の瞳のレンズには、私なんて、一ミリも映っていない。
当たり前の現実を、ユカは教えてくれた。

それでも、私は撮り続けた。

かざしたレンズのその先に、彼がいれば、
華やいでいく心が、私を離さなかった。


「ねぇ。写真見せてくれる?」

私が河原で写真を見返していると、また急に彼が話しかけてきた。
今度は、敬語じゃない。同級生ということには気づいたようだ。
私は、ようやくピントの合ってきた彼の練習姿を見せた。
「ありがと」
真剣に写真を見返したあと、それだけ言って去って行った。

それから、私が夕方の河原にいると、
彼はときどきやって来て、写真を見比べていた。
自分のバッティングフォームを見返しているようだった。
ほとんど会話はしなかったけど、ある日、いつも撮ってくれてるお礼にと、
彼のオススメの曲を教えてくれた。
聞いたことない海外のバンドの曲。
私のお気に入りには全く入っていないようなテイスト。
でも、独特のリズムが聞いているうちに、心地よくなってきて、
英語の歌詞を覚えてしまうぐらい、何度も聞いた。

初めて、彼と心のピントが合った気がした。


夏が本番を迎えた。

高3最後の大会を間近に控えた学校での練習。
彼は、サングラスを着けていた。
カメラを向けても、表情が写らなくて、
どうやってレンズを使えばいいのか、分からなかった。

私には、「眩しいから」とだけ言っていたけど、
ユカから、彼が眼科に通っていることを聞いてしまった。
練習中のノックで、眼のレンズを傷つけてしまっていたらしい。

八番まで下がった打順で、彼は、
慣れない度入りのサングラスをつけたまま、
最後の打席、バットを三回振って、高校野球を終えた。

試合の後、
揺れる背中を懸命に抑えながら、
私のいるスタンドを振り返り、
サングラスを取って、手を振った。

私は、溢れる感情で彼の表情をうまく見れなかったけど、
その姿を懸命に写真に収めた。
そのあと、私は、カメラを撮るのをやめてしまった。


高校生活最後の夏休みを迎えたというのに、
友達と遊ぶこともなく、1か月間、何をしていたのかあまり覚えていない。
八月の終わりに、河原で、私には不要になった望遠レンズのついたカメラを取り出した。

写真を見返して、初めて気づいた。
最後の試合のあと、彼は泣いてなんかいなかった。
最高の笑顔で、私の方を見てくれていた。
ピントのばっちり合った彼の眼差しに、再び心が暖かくなった。

自分の好きなことに、真剣に取り組む。
心のレンズをただ、ひたすら、そこに向ける。

彼を応援したくなった理由を思い出した。
私も誰かに応援されるぐらい、夢中になれれば。

夏の終わりに、私は、再びレンズを向けた。

川面に反射する優しい夕映え。
精一杯夏を生きたセミ。

夢中になって、目に映る風景を撮り続けた。

「ねぇ。写真見せてくれる?」
そう、声をかけられたときに、彼と、ピントを合わせられるように。

あとがき

最初に記載したように、幾田りらさんの同名楽曲を小説化した物語です。
ぜひ、楽曲を聴きながら、もう一度、物語をお読みください。
歌詞はこちら


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