岡田将生研究㉗「ゴールド・ボーイ」「1122いいふうふ」冷と暖、真面目さの逆ベクトル

 2024年3月公開の主演映画「ゴールド・ボーイ」、7月配信のアマゾンプライムドラマ「1122いいふうふ」、作品の方向性も楽しみ方も役柄も何もかも真逆といっていい新作2作品で、岡田将生は全く別の新たな魅力を発揮している。前者は冷徹な連続殺人鬼、後者は優しい公認不倫夫で、どちらも一般には理解しがたい人物だ。共通点と言えば、30代半ばの子なし妻帯者、そして根底に潜む歪んだ真面目さ。

 「ゴールド・ボーイ」(金子修介監督)は、完全なるエンタメ作品として作られており、岡田の演じた東昇はに関しては人物像などの情報も極力そぎ落とされ、共感性を受け付けないよう用意周到に描かれている。言ってることはほぼほぼ嘘で本心を一切語らない。それ故、ミステリアスで謎めいた魅力で観るものを惹きつける。ヨウジヤマモトの洗練された衣装もあいまって、切れ味鋭いナイフのごとく美しく冷酷で、一切の感情移入を許さない。

 どこまでが嘘でどこまでが本心か全く読めない昇だが、端から見てしらじしく映る嘘に関して、本人はいたって大真面目に違いない。躊躇なく計画殺人を行い、息を吐くように嘘をつく。だがこの計画殺人も嘘も、どこまでも昇が真剣に自分の野望に向き合った結果なのだ。恐らく殺人計画を立て、実行し、完全犯罪が成立した時の快楽は何物にも代えがたいのだろう。作中ではっきり述べられていないが、おそらく最初は遺産目当ての殺人であったはずだ。しかし、子ども3人を後々殺すなら朝陽の両親を殺す必要は皆無なのに、自ら計画を立てて殺してしまう。自分は裏切っても良かったはずなのに、朝陽を安全な場所において、わざわざ罪を背負うとは、殺人に関してはどこまでも真剣で愚かだ。

 一方「1122いいふうふ」(今泉力哉監督)は会話シーンも心の声も多く、登場人物の心情や心の変化が言葉で多く伝えられ、視聴者は登場人物一人一人に寄り添って見るタイプの作品に仕上がっている。岡田の演じた二也は、人当たりがよく気配りがきき優しい人物として描かれている。その辺にいそうなごくごく普通の30代男性だが、妻にも不倫相手にもいい顔をし、優しいが故に人を傷つけるタイプのクズだ。

 二也が不倫に走った原因は、一子ちゃんが「sexはよそでやってね」って言ったから、というただそれだけなのだから開いた口がふさがらない。二也と一子の夫婦関係は、ほぼ一子の一言で全てが決まる。一子ちゃんがいいって言ったから不倫をし(公認だから罪の意識はない)、子どもが欲しいって言ったら不妊治療し、別れようって言ったら別れ、家を売らない復縁しようって言ったらその通りになる。なるほど優しい夫だ。二也が一子に主体的に動いたのは、5話の最後に家を出て行った時だけ。二也は一子の放つ言葉に対して真面目に向き合う夫なのだ。

 では不倫相手に対してはどうか。「うちは公認不倫なんだ」とバカ真面目に打ち明ける。相手から子連れ再婚を持ちかけられて逃げ出し「クズだ」と気づいてからは、体の関係を持たない。最後は「僕たち友達になろう」と言って視聴者全員を唖然とさせる。結局、愛情がないのに体の関係を持つのは不誠実、という二也なりの真面目さなのだ。それ故、一子の風俗通いも許せなかったのだと合点がいく。

 それぞれの役との向き合い方について岡田は、

「彼の『狂気的な殺意』が先天的なものなのか後天的なのかということもありますが『なぜこういう子が生まれて、こんな大人になってしまったんだ』という問題提議のようなものが、台本を読んでいて特に伝わってきた部分でした。それをエンターテインメントに昇華していくのは大変なことですが、そこを軸にして原作と台本と向き合っていました。」(好書好日)
「品よく美しくあろうと思っていました。彼は完全なる悪人ですが、誰しも正義と悪の両方を持っているものではないでしょうか。僕自身もそうです。なので東昇が画面に映った際、品よく美しく存在できれば、彼という人間を成立させることにつながるのではないかと。佇まいや話し方が美しくあれば、それが彼の生き方の美学やある種の正義を生むことになると考えていたんです」(DOKUSOマガジン)

「もちろん二也がした行為に関しては僕も共感はできません。でも、一子と二也には夫婦間にきちんとルールがあって。それは世間が思うものは違うかもしれないけれど、二也は2人の間にできたルールに添ってああいう行動をしたと考えると、それはそれで夫婦のあり方としてありなんじゃないかなって思うんです。なので、それを『クズ』という2文字で済ませてしまうのはどうなんだろうなということは、少し考えましたね。」(FAST)
「多分やり方によっては、二也は本当のクズになってしまう気がして。原作や台本を読んでいても、二也のチャーミングさを求められているなと感じたので『こいつだったら許せちゃうかな』っていうギリギリのラインのキャラ作りをしたいと自分の中で決めていました。『こういう感じでやろう』と考えていたことを今泉監督と高畑(充希)さんとも共有して、みんなで“二也のいい感じのライン”を探していました。」(FAST)

と語っている。
到底理解し難い2人の人物に対して、内側から理解しどう表現するかと試行錯誤して真摯に取り組む岡田の「真面目さ」は、それぞれの作品に滲み出て、浅はかで滑稽で愚かな2人の人物の「真面目さ」に命を吹き込む。例えそれが冷酷な殺人鬼であっても、倫理に反し優しく他者を傷つける人であっても、真逆な作風の作品の中でも、岡田が演じることによって立体的な人物となって魅力的に輝く。

 「ゴールド・ボーイ」では、瞬発力のいる能動的な演技、「1122いいふうふ」では心の琴線に触れる繊細な会話劇を披露し、ますます芝居の幅を広げている。現在(2024年7月)放送中のNHK朝ドラ「虎に翼」では、不器用で思慮深い裁判官を好演し連日ネットを賑わわせ、旧友(劇団年一:賀来賢人、落合モトキ、柄本時生)との共演が話題のテレビ東京系深夜ドラマ「錦糸町パラダイス~渋谷から一本」では、陰のある一匹狼ルポライター役に挑みミステリアスな存在感で異彩を放っている。8月には人気ドラマ「アンナチュラル」と「MIU404」のシェアード・ユニバース・ムービー「ラストマイル」(塚原あゆ子監督、野木亜紀子脚本)、11月には「アングリー・スクワッド」(上田慎一郎監督)と話題作の公開が控えており、まさに円熟期に突入。今後の動向から、ますます目が離せない。
 


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