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暗夜行LOW
「もしもし、あ、社長ですか?あー、なんだか、車、止まっちゃったみたいです」
「そうか。ちなみに、今、どこだ?」
「ここ・・・どこすかね?とにかく何も無い山の中です」
「マジか。残念なお知らせだけど、俺、酒飲んじゃったから迎えには行けないわ。こんな夜中じゃあ、レッカー車も手配できねーしな」
「うちの会社、JAFとか入ってないんすか?」
「そんなもん入ってるわけねーだろ。ちなみに、お前、走ってて最後にコンビニ見たの覚えてる」
「ずーっと一本道だったんで、来た道を引き返せば、確かコンビニがあったと思います」
「じゃあ、とりあえずそのコンビニまで戻って、そっから自力で何とかしろ」
「何とかしろって、どうすればいいんすか?」
「そんなもん自分で考えろよ!あ、コンビニで何か買ったら、レシート取っとけよ。じゃあ、頑張って」
プチッ。ツー、ツー、ツー。
最悪だ。
これ完全に山の中だな。
辺りは街灯も無く、フロントガラス越しの眼前に拡がる光景は漆黒の暗闇。ヒッチハイクしようにも、対向車が来る気配すら無い。今日は真夏の熱帯夜。車内の気温はみるみる上がり、吹き出す汗がTシャツをじっとりと不快に濡らしていく。暑い。
仕方ない。歩くか。
車を捨て置き、トボトボと歩き出してはみたものの、汗と共に湧き上がる凄まじい恐怖心が抑えられない。とにかく辺りはまっ暗闇である。ただ、汚い虫の声だけがジンジンと不気味に鳴り響いている。道横の茂みの奥からは、今にも熊がヌッと出ててきそうな気配がする。この辺りは熊の生息圏ではないはずだけど、最近はそんな情報などあてにならない。
歌だ。熊を避けるには、歌しかねえぞ。
Wi-Fiは使えない。電波も弱い。ここは、iPhoneにあらかじめダウンロードしておいたプレイリストに頼るしかない。早くもこの時点で嫌な予感しかしない。普段、「真っ暗闇の山中を一人で歩く時に流すプレイリスト」なんて、作っていないからな。俺がiPhoneにブチ込んでるプレイリストときたら、「女にフラれた時のBGM」とか、「死にたくなった時に聞くBGM」とかばっかりだ。
まあいいや。iPhoneの音量を最大限にまで上げて、「死にたくなった時に聞くプレイリストvol.3」を流す。
1曲目
BECK : The Golden Age
2曲目
WILCO :How To Fight The Lonliness
3曲目
Jesus and Merry Chain : Some Candy Talking
4曲目
Pixies : Wave of Mutilation (UK Surf version)
5曲目
SOUTH : Bizarre Love Triangle
6曲目
Joy Division : Disorder
7曲目
NIRVANA : Aneurysm
暗闇に響き渡る「我が人生の集大成」の如くドス黒い怨念のこもった曲達を聴きながら、どうしても色々な事を思い出しちまう。ああ、もしも気分にメーターみたいな計器がついてるとしたら、今そのメーターはとっくに極限までロウの側に振り切れちまってるな・・・と思う。昔から、落ち込んだ時は落ち込みの淵の淵にまでとことん浸る性格で、もしかしたらそれが俺の人生が一向に好転しない原因なんじゃないかとすら思う。そう、まるで俺はヘロイン・ジャンキーのようじゃないか。
8曲目
Velvet Underground : Heroin
ではなくて、Jesus
9曲目
Johnny Thunders : Sad Vacation
10曲目
The Replacements : Buck Hill
ああ、どうして俺は、プレイリストにテイラー・スウィフトなんかを普通にぶっ込める人間になれなかったのだろうか。
大学時代、女の子が俺の部屋に遊びに来た事があった。大学内でも一際目立つ程の可愛い子で、男達にやたら人気があった。そんな彼女の方から、急に押し掛けるように、俺の部屋に転がりこんで来やがった。
俺の散らかり放題の部屋に、ウルウルした目でちょこんと座っている彼女は、まるで異世界から迷いこんだ妖精のような存在に見えた。そんな異世界の妖精が、普段は絶対に見せない歪んだ顔で、「なんか、この曲暗いね」と吐き捨てた。
俺は構わずに、当時「我が人生のサウンドトラック」ってくらいに大好きで聴き狂っていた「ギャラクシー500のON FIRE」をエンドレスで流し続けた。
異世界の妖精は、すぐに俺の世界を去った。そしてもう二度と俺の所に戻る事は無かった。
11曲目
Galaxie500 : Ceremony
12曲目
Lou Reed : Walk on the WILD SIDE
13曲目
The Smiths : There Is The Light That Never Goes Out
俺は走った。
暗闇の向こうに小さな灯りが見えたからだ。コンビニだ!コンビニの灯りを目指して、俺は全力で走り続けた。なのに、灯りにはとうてい追いつかない。走れば走るほど、灯りは遠ざかっていく。なんでだ?いったいいつまで走ればいいんだ?教えてくれよ、モリッシー。
ふと、俺が目指しているのは灯りなんかではなく、穴である事に気づく。あれは穴だ!小さな小さな穴だ。俺がずっと目指していたものがちっさい穴だとわかり、俺は腹の底からおかしさが湧き上がってきた。俺は構わず感情を爆発させ、大爆笑した。
道横の茂みの奥から、ギャラクシー500のメンバーがヌッと出てきて、拍手をしながら俺に近づいてきた。俺は、ギャラクシー500のメンバーと肩を組んで、一緒に大声でバカ笑いしながら歩き続けた。
今後もずっとこの道を歩き続ける。
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