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来週の相場見通し(5/15~5/19)

1.はじめに

米国では予想したように債務上限問題が大きな懸念事項になっている。また、相変わらず金融不安に対する市場の関心は高く、預金流出が加速したパックウエスト・バンコープの株価が急落し、預金が予想外に増加したウエスタン・バンコープが買われるなど、預金の流出状況で株価が右往左往する単純なゲームが展開されている。しかし、色々と不透明要因が多いなかでも、株価は底堅く、市場も安定している。今回は所要のため、短縮バージョンで、マーケットの状況を確認したい。表紙の写真は、一番好きな新緑の季節になってきたことから選んだもので、今回の内容とは関係ない。

2.注目すべき米国経済指標

① 米銀シニアローン・サーベイ

市場で先行きの信用収縮懸念が高い中、四半期ベースで発表される米銀シニアローン・サーベイが公表された。米銀の第1四半期の貸出態度は、中堅・大企業向けは前回調査から小幅に厳格化し、小規模企業向けは2.9%と大きく引き締まったものの、市場の予想よりは銀行の貸出態度は引き締まっていない状況が示され、やや安心感が広がった。下図のように大手企業への貸出基準は46%に引き締まったが、2008年は83%を超えていたことを鑑みると、まだ全体としては安定していると言えるのだろう。

(シニアローンサーベイ 貸出態度の厳格化)

とはいえ、ローンのスプレッドも下図のように拡大しており、借り手側の負担は強まっている。

(ローンのスプレッド 拡大)

分野別では、やはり市場の関心の高い商業用不動産セクターのローンについては73.8%と前回調査から4.6%も融資姿勢は厳格化した。水準としても、かなり引き締まっている。FRBが公表した半期の金融安定報告書でも、商業用不動産ローンについて、約60%を銀行が保有し、更にそのうち3分の2が資産規模500億㌦~1,000億㌦以下の小規模銀行が保有しているとして警戒を示した。市場の警戒が最も強い分野であり、流れとしては商業用不動産ローンが不良債権化することで、金融危機が本格化するという展開が怖いのだ。前回のNOTEでも書いたが、今の米国の金融不安は、銀行の負債サイドの問題である。すなわち預金の流出動向に焦点が当たっている。この状況に、銀行の資産サイドが悪化し、不良債権問題を抱えると、資産サイド、負債サイドのダブルが相乗効果を発揮しながら、破綻の連鎖という金融システム不安に発展する可能性があるのだ。引き続き、商業用不動産ローンの状況はウオッチしていく必要があるだろう。一方で自動車ローンについては、低位安定している。(下図)

(商業用不動産と自動車ローンの厳格化度合い)

また、今回のサーベイでは、貸出サイドの厳格化よりも、むしろ借り手サイドの需要の弱さが注目となった。下図のようにネットの借り手の需要は大きなマイナス状態にある。これは2009年以来の需要の弱さである。信用収縮がなくとも、自然体でも米国経済は金融の観点からは、鈍化していることは間違いなさそうだ。

(借り手の需要)

② 中小企業楽観指数

中小企業楽観指数は、2013年以来となる89まで低下したが、これも金融不安が発生していることを鑑みると、想定の範囲内である。

(中小企業楽観指数)

借入の容易さを示すDIについては、前月の▲9から▲6まで改善した。全米での信用収縮の影響は、今のところ限定的のようだ。

(中小企業楽観指数 借入の容易さDI)

③ 4月のCPI

4月のCPIについては、賃料を除くコアサービスインフレ(スーパーコア)が前月比+0.11%と大きく鈍化しており、この指標をパウエルFRB議長が重視してきたこともあり、市場ではFRBが6月の利上げを停止する可能性が高まったと判断したことで、米金利は低下した。

(スーパーコア)

一方で、財のインフレについては、昨年まではサービスに先んじて順調に低下してきたのだが、今年に入りじりじり上昇している。4月のCPIでは財価格は前月比+0.6%となり、昨年FRBが利上げを開始した頃の強い伸びとなった。やや、今後の心配材料ではある。但し、市場では今回の財のインフレは中古車価格の上昇による一過性のものと判断されている。

(財のインフレ)

下のチャートは、中古車価格指数の推移であり、低下基調にあったのが、4月は前月比+4.4%と大きく上昇し、財価格のインフレ上昇の要因となったのだ。

(CPI中古車価格指数)

しかし、市場では下図のマンハイム中古車価格の年初からの上昇が、タイムラグを伴って、CPIに反映したとの見方が強く、直近ではマンハイム中古車価格は再び鈍化していることから、CPIにおける中古車価格についても、持続的な上昇要因にはならないと見られている。(なんとも言えないが・・・)

(マンハイム中古車価格)

④ FRBからの借入動向

直近のFRBのH4が発表された。FRBのBTFP(バンク・ターム・ファシリティ・プログラム)の残高は前週から増加して、制度が発足して以降で、最も大きな残高となった。FRCの破綻により、再び幾つかの銀行は流動性確保に動いたようだ。窓口借入については、5/4時点の残高は前週から急減しているが、これはJPMによるファースト・リパブリック銀行の買収による要因である。

(FRBのBTFPと窓口借入週次変化  単位10億㌦)

FRBの窓口借入とBTFPを合計したFRBからの借入額は、5/4から5/10にかけて113億ドル増加して、924億ドルとなった。

(FRBからの借入総額 単位10億㌦)

下図のようにMMFの残高は、過去最高に増加しており、銀行預金からのじわじわした預金流出は継続しているようだ。

(MMF 残高)

⑤ ミシガン大学5年先インフレ期待

今週の経済指標で最も注目すべきは、私としてはこれである。下のチャートのように5月のミシガン大学の5年先インフレ期待が3.2%に跳ね上がったのだ。

(ミシガン大学5年先インフレ期待)

思い出してほしい。昨年の6月のFOMCでFRBは突如、市場との対話を無視して75bpの利上げに踏み切った。その最大の理由は、ミシガン大学の5年先インフレ期待が突如3.1%に上昇したことであった。(下図)パウエル議長も会見場で、このミシガン大学のインフレ期待の上昇に言及した。FRBにとって、FRBの発する言葉の一字一句に耳を傾けてくれる金融市場関係者は御しやすい。一方で、一般の米国民はパウエル議長の言葉は届きにくい。従って、一般の人々のインフレに対するマインドが上方シフトし、高いインフレを前提とした生活スタイルに変化してしまうと、FRBが利上げでインフレを抑制しようとしても、その効果は低くなる。そのことをFRBは何より恐れているのだ。ゆえに、FRBは昨年の6月にミシガン大学の5年先インフレ期待が急上昇したことに驚き、FRBがインフレ抑制に本気である姿勢を強調して、一般国民にもメッセージを送るために、いきなり75bpという通常の3倍の利上げを決めたのだ。

(昨年6月のミシガン大学インフレ期待)

今回、ミシガン大学5年先インフレ期待が3.2%に上昇した。これは、単月の動きで判断するのは危険である。しかし、これが持続的に上昇していくとなると、人々は高いインフレに慣れてしまったことになる。FRBの物価目標である2%の世界にはもう戻らないことを前提に生活を始めていることになる。これはFRBにとっては悩ましい問題となる。おそらくは、これからFRBメンバーの発言はタカ派的なものが多くなる可能性があるだろう。
そして、3%半ば以上のインフレ期待が定着した場合には、米国の自然利子率の議論にも影響するだろう。以前も取り上げたが、サマーズ元財務長官は米国の自然利子率は上昇していると指摘しており、中長期的に1.5%から2%のレベルとなると見込んでいる。自然利子率が1.5%ならインフレ目標の2%を足した中立金利は3.5%となる。一般の人々が感じるインフレ期待が実は真実を示しており、金融市場の自然利子率を巡る論争の答えを先取りしているのかもしれない。ミシガン大学のインフレ期待は、確報値も含めて、今後の動向に注意していきたい。

⑥ 米国債の流動性

米国債の流動性については、FRBのH8によれば3月の金融不安以降、大手銀行、中小銀行ともに米国債の保有残高が大きく減少している。預金がMMF等に流出するなかで、米国債投資を落としている可能性が高い。シャドーバンキングへの規制強化も検討されており、アセット・マネージャーも米国債投資を増やしにくい。債務上限問題も解決していないことから、短期的には需給の悪化が懸念されるところだが、今週の3年債、10年債、30年債の入札は堅調だった。入札が堅調であることは、市場では債務上限問題もデフォルトまでには至らないと信じている証拠だろう。但し、米国債の需給というテーマは、引き続きウオッチしていかねばならないだろう。

3.債務上限問題アップデート

① 債務上限問題の状況

債務上限問題は、これまでも何度も取り上げてきたので、状況だけ簡単にアップデートしておく。5月9日に行われた債務上限問題を巡る会合では、民主党と共和党の溝は大きく、何も進展しなかった。しかし、これは織り込み済みである。マッカーシー下院議長も、「何も進展はなかったが、物別れではない」という趣旨の発言をしており、来週に再び会合が行われる予定になっている。但し、とにかく交渉時間が乏しい。米国では6/1と6/2に約800億ドルのメディケア及び社会保障の支払いがある。4月末の時点で財務省が使える資金は400億ドル超(※)と見積もられており、このままでは財務省の資金は、イエレン財務長官が示したように6/1にも枯渇することになる。
そこで、幾つかの案が具体的に検討され始めている。
※ 米国財務省が5/10の段階で残りの資金は880億ドルと発表しました!

② 検討されているデフォルト回避案

◆支払いに優先順位をつける。
簡単に言えば、米国債をデフォルトさせないことを最優先し、例えばメディケアや社会保障の支払いをストップするということだ。これを行えば、国際金融市場の混乱はとりあえず回避されるが、米国の国内では一般国民に多大な影響が出て、大混乱になる可能性がある。民主党と共和党は、お互いにそうした混乱の責任をなすりつけあう中傷合戦が展開されることになるだろう。

◆ 憲法修正第14条の発動
バイデン政権は、5/9の会談が終了した直後に、憲法修正第14条の活用を検討していることを発表した。この非常にグレーな条項を利用できるのであれば、議会の承認なく、債務上限を引き上げて公的債務の支払いを継続することができる。この修正14条を使うことにはメリットとデメリットがある。メリットとしては、「時間を稼げる」ことである。債務上限問題に修正14条を活用できるのかは、間違いなく「法廷闘争」となるが、それには1年以上の時間を要するだろう。もっと時間がかかるかもしれない。それまでは、バイデン政権は公的債務を支払うことが可能になる。また、可能性は低いが、法廷闘争の結果、修正14条が合法となるなら、今後米国でのこの無駄な債務上限の政治的な茶番は起こらなくなる。それはメリットだ。
デメリットとしては、まず今の最高裁は最高裁判事9名の内、6名が共和党寄りの保守派、3名が民主党寄りのリベラルとパワーバランスが偏っている。しかも最高裁判事は終身制なので、このバランスは簡単には変化しない。こうした中で、法廷闘争に持ち込まれると、バイデン政権は負ける、すなわち修正14条を債務上限に適用不可という結論になることが予想される。これは、24年の大統領選挙を控えた民主党には痛手となるほか、今後はいざという時に修正14条を活用することができなくなる。イエレン財務長官は、「修正14条を使うと、憲法上の危機になる」と警告している。また、修正14条を使用した瞬間、民主党と共和党の対立関係は一段と激しくなることから、来年度の予算などでは共和党は頑なに協力を拒むことになるため、10月以降の24年度予算は組めずに、政府閉鎖等に突入することは必至だろう。修正14条は、米国債をデフォルトさせない最終手段だが、それなりに副作用は大きいと言える。

◆短期間だけ債務上限を先延ばして交渉を継続
これが本来は最も現実的だ。交渉の時間があまりに不足しているのだから、数か月間先伸ばせばいいのである。しかし、これも今のところ、両党ともに否定している。交渉開始の段階で、これを認めてしまえば、相手に弱腰と捉えられるので、今のところは否定しているのだろうが、私は結局は数か月間先延ばしになることをメインシナリオとしている。

③ 米国債デフォルト時のインパクト
前回のNOTEでは、米国債がデフォルトした場合のインパクトについて、ムーディーズのチーフエコノミストであるマーク・ザンディ氏が3月に米国議会で具体的なインパクトを発表したことを紹介した。彼の報告によれば、700万人の雇用が失われ、失業率は8%へ上昇、株式市場価値の20%が消え、約10兆円の家計資産が失われると推定していた。直近では、大統領経済諮問委員会(CEA)も影響分析を発表している。CEAはいくつかのシナリオを用意しているが、長期間のデフォルトに陥った場合には、23年7-9月までに830万人の雇用が失われ、失業率は5%跳ね上がり(つまり8%台へ上昇)、株式市場は45%の急落を招く可能性を警告している。
但し、米国債にはクロスデフォルト条項がない。すなわち満期を迎えた国債がデフォルトしても、その他の債券には影響をしない。デフォルト期間中だけ、その債券のキャッシュフローが影響を受けることになる。市場は思惑で動くため、全ての米国債が影響を受けることになることは間違いないが、実際にはクロスデフォルト条項がないことは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
いずれにしても、債務上限問題が米国債に及ぼす影響は予想が難しい。米国債がデフォルトせずに格下げだけされるケースでは、2011年のように米金利は低下する可能性がある一方で、本当にデフォルトする状況になったら、レポ市場が麻痺し、米国はトリプル安となり、米金利は急上昇する可能性が指摘されている。いずれのケースでも、ハイイールド債等への影響は大きいと思われる。

4.来週の相場見通し

今週は時間切れだ。米国の移民問題(タイトル42の失効)、5/18に期限を迎える黒海の食料安全保障問題、パキスタンのデフォルトの可能性、トルコ大統領選挙、広島G7、衆院解散なども書きたかったが、また取り上げたい。
日本株は需給環境が良好で、年初来高値を更新する堅調地合いだ。バフェット氏が台湾のTSMCを売却して、日本株投資を増加させているように、米中対立の地政学リスクからも、日本株は受け皿となっている。また、今般の決算では、東証のPBR1倍要請もあり、企業のディスクローズが投資家を意識したものに変化してきており、ガバナンスの観点からも日本株のサポート要因だ。一方で企業の予想EPSは低下している。その結果、PERが上昇している。一般的には割高になってきていると言われるものだ。しかし、私はインデックスにおけるPERほど怪しいものはないと思っている。PERは期待であり、評価だ。日本株を取り巻く環境が変化していないなら、過去のPERの平均と比較して「割高」とか「割安」という議論はあるかもしれないが、環境が大きく変化している中では、PERの割高と割安の議論は危ないと思う。日経平均の12倍が割安で、15倍は割高の根拠は、過去のヒストリー以外に求めることはできないのだ。PERに適正値はない。個別株だと事情は異なるにしても、エヌビディアのPER120倍超はなぜ正当化されるのか?PERとは、所詮はそういうものに過ぎないのだ。日本の抱える様々な問題を鑑みると、10年後には日経平均の平均的なPERは10倍割れが常態化しているかもしれない。しかし、短期的には今の相場はPERの上昇に負けないように見える。債務上限問題に揺れる米国株が当面は重しとなるが、逆に言えば債務上限問題が解決し、米国株が上昇する局面では、日本株は3万円を超えるだろう。但し、消去法的な日本株再評価程度では、上昇には限界がある。今は期待が先行しているのだ。期待に見合う業績、生産性向上、改革が伴ってくるかどうか。
いずれにしても、日本株を取り巻く環境はかなり変化してきている。下の図は海外投資家の日本株フローである。4月は3兆円を超えるマネーが流入した。明らかにフローが変化している。そして企業の自社株買い、ディスクローズの強化、来年からのNISA拡充による投資家の裾野の拡大など、需給環境はすこぶる良い。
来週は債務上限の交渉の行方に注目したい。バイデン大統領がG7に出席するかどうかも決まるだろう。G7ではテロ対策やサイバー対策も含めて、万全の態勢で臨んでほしい。予想レンジとしては、2万9千円~3万円程度を想定している。

(日本株への海外投資家の月次フロー)

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