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土木遺産調査@奈良市周辺 -古都奈良に思いをはせる-

シビル・ジャーニ in CVV第3弾は2020年から活動が始まった【土木遺産調査】をご紹介する.

cvvのHP

土木遺産見学ではなく土木遺産調査たる所以

【土木遺産調査】という活動名の通り,土木遺産を訪ねるただの見学会ではない.対象となる土木遺産について調べ・学び・さらに改めて現地の遺産を肌身で確かめ,これまでにわかっていることを踏まえたうえで,最終的にレポートとして調査結果を取りまとめるのが土木遺産調査の活動である.調査の中心となる方々は,事前に下調べを行い参加者への配布資料を作成し,調査後,報告書としてレポートを取りまとめる作業を行っている.どのような背景から,土木遺産として登録される価値のあるものになったのか?なぜ、必要となったのか?どのような技術的な課題があったのか?その課題をどう克服してきたのか? これらさまざまな背景や技術的価値を形に残すためにレポートが作成されている.表層的な見た目だけの印象ではなく、疑問点については、過去の文献を探求し、わかりづらいことなどは図を作成するなどわかりやすさにもこだわり,さらに,土木屋・技術屋としての想いも載せられている.もちろんレポートの内容の正確さについては,管理者の方々への確認作業はもちろんだが,可能な限り調べつくすスタンスには頭が下がる思いだ.いろいろな資料を読み漁った結果,過去の情報の矛盾に気づき正しい情報として修正されることもあったそうだ.

CVV HP(土木遺産調査報告) 

土木遺産調査@奈良市周辺 ~鉄道と水道遺産の旅~

 2023年度の土木遺産調査は11月に奈良市周辺の選奨土木遺産を中心に調査が行われた.今回は残念ながらこの調査に同行できなかったため,調査報告とインタビューでお伺いしたお話をもとに活動をご紹介することにする.奈良市周辺の選奨土木遺産を中心に鉄道遺産と水道遺産に焦点を当て,旧大仏鉄道廃線跡および奈良市の水道関連施設群と旧奈良駅舎の調査が行われた.
『大仏鉄道』とは,加茂駅(京都府)から東大寺大仏殿の最寄り駅となる大仏駅(後に奈良駅まで延長)までの10km弱の線路の愛称だそうで,わずか9年で廃線されたものの,多くの魅力的な土木遺産が点在している.当日は旧加茂駅から廃線跡の約5kmの区間にある橋台や隧道など8カ所を大仏鉄道研究会の方の解説つきでウォーキングしながら巡ったという.

土木遺産調査@奈良周辺 概略コース
調査状況の様子

 昼食をとり,午後からは 奈良市水道関連施設群と旧奈良駅調査が行われた.奈良市水道関連施設は1921年に創業した施設(図中①~⑤)とこれらと関連する管路を指すそうで,個別の施設は現在使われていないが,存置・保存により文化的価値を現在に伝えている.奈良市内を流れる川は小規模かつ地下水も乏しかったため,水不足は深刻であり,伝染病にも悩まされてきた背景が,近大水道の黎明期にも関わらす水道整備の大事業につながったと考えられるという.約5.5km先の木津川から85m汲み上げ,さらに+45.5m以上の高地区配水池まで水を引いたというが,100年前の事業としては前代未聞の課題が山積みだったことは想像に難くない.同時にその社会基盤整備に対する思いや努力が現在にも通ずるのだと思うと,一土木屋としては感慨深いものがある.

奈良市水道関連施設群図(選奨土木遺産)

 旅の終盤に訪れたのはJR奈良駅横に建つ旧奈良駅舎(現:奈良市総合観光案内所)で,奈良駅周辺の高架化工事に伴い曳家方式によりまるごと移設(反時計回りに13度回転,北へ18m移動)されたもの.建物自体は洋風建築物の上に寺院風の屋根を設けた和洋折衷様式で,2011年に選奨土木遺産に認定されているが,実は一旦撤去が決まっていたところに,市民や日本建築学会からの保存運動により存続されることになった.

間瀬建設(株) HP 施工事例写真より

土木遺産調査のこれまでとこれから

 土木遺産調査@奈良市周辺は,盛沢山の内容であったが, CVVの担当幹事数名で調整を行っているそうで,イベントの調整から最後のレポート作成までかなりの労力が必要である.そこで,そもそもなぜこのような土木遺産調査がはじまったのかをお伺いしたところ,土木遺産調査の前身となる活動が存在していた.「浪速の名橋50選」の再調査と改訂版策定の活動である.「浪速の名橋50選」は大阪市に架かる全橋梁を対象として松村博氏(元大阪市役所)が選出したもので,選出から時がたち,所在も不明になりつつあった(一時期は土木学会関西支部のHPにもリンクが掲載されていた)ことから,「浪速の名橋50選」を改めて紹介する活動が2016年からはじまったそうだ.文献調査に加え現地調査を行い,「浪速の名橋50選」(改訂版)としてCVVのHPに掲載され,土木学会関西支部のページにもCVVへのリンクが掲載されている.土木遺産調査の原型はこの時に形づくられたのだ.

浪速の名橋50選(改訂版) HP

「浪速の名橋50選」の再調査を経て,土木学会の選奨土木遺産の調査へと活動の軸が移り2020年度から現在までに4回(今回を含め)の土木遺産調査が行われている.土木遺産調査では,土木学会で認定された選奨土木遺産は現在どのように使われているのか,土木遺産が建造される背景にはどのような発展があったのか,など,土木遺産そのものの紹介だけでなく,背景や土木遺産である所以を調査することに主眼を置いている.インタビューさせていただいた中で,“土木遺産がWHAT(何か)?ではなく,WHY(なぜ)?土木遺産なのかを伝えることが大切だと感じている“ というお話が非常に印象に残っている.必要だからつくられたことは紛れもない事実であるが,その背景を知ることでさらに面白く魅力的なものになり、土木遺産に馴染みの薄い市民や観光業界の方々にも興味を持ってもらえるきっかけにもなる.まさに『インフラツーリズム 土木遺産編』である.土木遺産調査の活動に関わるみなさんからも,市民活動の方々とつながり,地域活性化に繋げていきたいという溢れる思いをたくさん伺った.技術者不足が深刻化だと叫ばれる昨今だが,昔の技術やインフラ整備の背景に思いをはせ“なぜ”を知ることはとても大切なことだと感じた.また,近い将来,土木遺産ツアーが旅行の定番となる日がくると土木屋としてはかなり嬉しい.

土木遺産調査@奈良市周辺 参加者集合写真

                          2024.3.31  しぶ


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